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6.明日への旅立ち
黒装束の男たちは騎士団に捕縛された。
彼等はアスウェルの同盟反対派で、かねてより同盟の撤回を求めていた。
王太子は今回の騒ぎを未然に防げなかったことを謝罪し、同盟反対派の粛正と、ズアとの同盟を今後、より強化していくとの声明を出した。
************
王太子用の貴賓室で、リュカは午後のお茶に呼ばれていた。
先日の襲撃への謝罪に、非公式の席が設けられたのだ。
美しく卓に盛られた菓子や果物。侍従がカップに香り高い茶を淹れる。
繊細な美貌の少年と威厳ある美丈夫の和やかな姿は、まるで一枚の絵のようだった。
「結局、同盟反対派の存在はわかっていたが尻尾をつかみきれてはいなかった、と」
「ズアにいる間に仕掛けてくるとは思っていたんだが。きみとロエルは巻き添えだ。申し訳ないことをした」
俯きながら話す王太子には、疲労の影が滲んでいた。
ズアの宰相と共に奔走し、ようやく襲撃事件の首謀者たちが挙げられたばかりなのだ。
リュカは王太子を真直ぐに見つめ、形の良い唇を開いた。
「⋯⋯この借りは、絶対に返す!殿下、俺をあんたの国に連れていけ!!」
広間でダンスを踊った時から、丁寧な口調は消えている。
「はあ?ぼくの国に?リュカ、ぼくは君を妃にしたいわけじゃないんだけど」
「気色悪いこと言ってんじゃねえよ。俺だってあんたの妃なんかまっぴらだ」
「え?待って。君は、ぼくのために集められた一人だったんじゃ⋯⋯!?」
言った途端、リュカの射殺しそうな蒼玉と目が合った。
「⋯あ⋯⋯わかった。失言だった!⋯⋯美人の怒った顔は、恐ろしいな」
後半はもはや独り言だ。
「俺は、アスウェルで一から自分を鍛えなおす」
「ふーん、殊勝な心掛けだね。でも、その間にあの色男に可愛い子を取られるんじゃない?」
「トンビに油揚げ攫われたどこぞの殿下に言われる覚えはねえよ」
「⋯⋯⋯⋯」
冷気が静かに部屋に満ちた。
「あーあ!それにしても、ロエルを連れて帰りたかったなあ。あんなに素直で愛らしい子は、うちの王宮のどこにもいないのに」
「ふざけんな!王宮どころじゃねえ。俺のロエルは世界一だ!!」
「へー⋯。君のロエルね、き・み・の!⋯⋯ん!?」
侍従に取り次がれて、遅れた招待客が部屋に入ってきた。
「ロエル!」
「リュカあ!!」
満面の笑顔になったロエルが、王太子に膝をついて礼をする。
「王太子殿下、お招きありがとうございます」
緊張しながらも笑顔のロエルに、王太子は柔らかな微笑みを向けた。
「待っていたよ。どうぞここに座って──」
王太子がロエルに自分の隣を指し示すと、リュカがさっと立ち上がってロエルの手を取った。
「ロエル。俺、アスウェルに行くことになった。殿下が連れて行ってくれるって」
──言ってない、一言も。
ひそかに王太子は毒づいた。
「リュカ、どうして⋯⋯」
「俺、お前を守れなかっただろ。それどころか、自分で自分の身もろくに守れなかった。
もう一度、一から心身を鍛えなおしてくるよ」
「ズアじゃ⋯⋯ズアじゃダメなの?外国に行かなくたって⋯⋯」
「甘えが、出ないところのほうがいいんだよ」
──お前の近くにいたら、いつまでも寄りかかって立てなくなる。
ロエルの瞳が大きく丸くなって、ゆらゆら揺れ始める。
──ああ、まずいよ。こんな目をしたらすぐ泣く⋯⋯。
「でも、必ず戻ってくるからな!!」
リュカはロエルの体を両手でしっかり抱きしめ、頬に口づけた。
************
10日後。
王太子がアスウェルへ帰国する日がやってきた。
空は晴れ渡り、太陽が眩しく輝いている。
旅立ちにふさわしい日だった。
波止場は見送りに来た人々で溢れかえっている。
王太子の傍らには、ズアの白薔薇と讃えられた少年が微笑んでいた。
「なんとか⋯⋯なんとかなったということか」
最前列で、文官を従えた宰相が呟く。
「全くでございますな。人生万事、塞翁が馬とはよく言ったもので」
傍らの文官が、大きな口を開けてからからと笑う。
「⋯⋯貴様は明日から出向だ」
「─────!!」
「リュカ、体にだけは気をつけてね」
「ああ、お前も。元気でな、ロエル」
リュカの前に立ったロエルは、既に涙目になっている。
──ああ、本当に可愛いな。
この目がいつか、俺だけを見てくれるように。
リュカは口に出さぬ決意と共に、ロエルの姿をまぶたに焼きつけた。
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