6.明日への旅立ち

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「リュカの好きな物、たくさん送るからね。手紙も書くよ。⋯⋯と、時々は帰ってきて」 「もちろんだ。折を見て帰ってくるし、アスウェルで必ずお前の隣に立てるような男に⋯⋯」  ロエルの手を掴もうとした瞬間、すっと長身の男が割って入った。 「殿下と一緒に行くんだろう。後のことは何も心配しなくていい。お前ほど美しければ栄耀栄華は望むままだ。両国の架け橋にもなれるだろう。心置きなくアスウェルの土になれ」  リュカの蒼い瞳が細められた。 「リアン師匠、仕方がないから、もう少しロエルの面倒を見させてあげますよ。年寄りに花を持たせるのも若者の務め、これも弟子の仕事ですからね」 「⋯⋯もう一度、言ってみろ」 「⋯⋯おや、耳が遠くおなりで?」  波止場に季節に不似合いな突風が吹き荒れる。 「ロエル、アスウェルに来たくなったら、いつでも言うんだよ。君のためなら、王宮に部屋も位も用意するからね」  いがみ合う二人の影で、王太子がさりげなくロエルの手を握る。  ロエルは慌てて首を振った。 「ほしいものがあればアスウェルから届けさせるよ」  王太子は甘く微笑んでロエルの指に口づける。 「いえ、何もいりません⋯⋯。それに、先日の詫びにと子豚をいただきました。もう十分です。おれはズアが好きなので、このままズアにいます」 「子豚⋯!!全く奥ゆかしいねえ。そういうところも君の素敵なところだ。ぼくの周りには、なかなかいないんだよ」  悲しげな視線を向ける王太子に、ロエルはそっと目を伏せた。  汽笛が鳴った。  真っ白な船が、波頭をたてて海を行く。  リュカと王太子が船の甲板から大きく手を振っている。  ロエルは何度も大きく手を振り返した。 「ロエル」  振り向くと目の前にリアンの顔があった。  突然、あたたかな唇が触れ、強く抱きしめられる。  船の上からも、きっと見えているだろう。 「ん!ん──っつ!!」  リアンの体を強く押し返しても、離してはくれない。 「リアン!ひ、人前で!!何を!!!」 「見せつけてる」 「は!?」  風に混じって、王太子とリュカの声が、かすかに聞こえたような気がする。  もう船は豆粒ほどの大きさになっていた。  ロエルの顔は真っ赤だった。  リアンがふっと微笑んで、楽しそうにロエルの頭をくしゃくしゃと撫でた。  その微笑みを見ると余計なことを口走ってしまいそうで、ロエルは慌てて目をそらした。 「ねえ、リアン」 「ん?」 「宴で舞うこと、前から決まってたの?」  リアンが小さな呻き声をあげる。  ロエルが怪訝な目を向けると、口許に手を当てて眉を(しか)めている。 「⋯⋯カザルの伝手(つて)で、祝宴の舞手に入れてもらった」 「カザル兄さんの!?」 「──おかげで、向こう半年、ただ働きだ」  ロエルの瞳が見開かれた。  どんな約束が交わされたのか。  一瞬、カザルの酷薄な笑みが浮かんだが、それ以上は恐ろしくて聞くことができなかった。 「帰ろう。カザルたちが待っている」  王太子セランの為に集められた若者たちは、家々に帰されることになった。 『後宮入りした』という栄誉があれば、この先、嫁取りも婿入りも引く手数多(あまた)と評判だ。 「うん。後宮に来てはみたものの⋯⋯あまり役に立たなかったなあ」  ロエルが波を見つめながら、しみじみと呟いた。1カ月余りの出来事が胸をよぎる。  王宮での審査。子豚と走ったり、慣れないダンスをしたり、攫われたり⋯⋯。 「そんなことはないだろう。十分役に立った。それに、お前が後宮に召されたままだったら」  リアンは、少し屈んでロエルに視線を合わせた。 「俺は逆賊になるしかないしな」  月明かりの下。 天女のような微笑みで、一緒に行こうと言った姿が脳裏に浮かぶ。  幼い頃から、いつも優しく側にいてくれた。 「本当に一緒に逃げるつもりだった?」 「もちろん」  ロエルの目の前に、リアンの柔らかな微笑があった。 「お前が望むなら⋯⋯どこにでも」  ──どこにも行くな。  切ない瞳を向けられたあの日が、はるか遠い日に思える。  ロエルの右手がリアンの左手に絡められた。  波音に消えてしまいそうな小さな声で、ロエルは囁いた。 「ここにいるよ。⋯⋯リアンの側に」  銀色の髪が揺れて、小柄な少年を抱きしめた。  二つの影は一つになる。  強くなった陽光に、もうすぐ季節が変わることがわかる。  波止場からは、王宮と家並みが白くきらめくのが見えた。  紺碧の海は光り輝き、穏やかな波を寄せていた。   おわり
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