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番外編 星祭り
◆ロエルが王宮から帰ってから1カ月後。
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青年は、流れる河の様子を何度も見ていた。
足りない。
まだ足りない。
流れも輝きも。⋯⋯純粋な想いも。
今年はようやく晴れそうだというのに、焦りばかりが募った。
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ズアの国には、遥か東の国から伝わったという話と慣習が残っている。
互いを恋うあまりに天の仕事を忘れた男女が、神の怒りに触れて引き裂かれる。
年に一度と決められた逢瀬も、雨が降ったら会えない。
天が晴れて星々の河がきらきらと流れていたら、光の橋が架かってようやく会える。
星々の河の輝きが見事なほど、地上の人々にも幸運が訪れるのだと言われていた。
昼過ぎの『蒼月』の厨房では、ロエルが一人で忙しく立ち働いていた。
朝、兄のカザルから小さな包みが渡された。
「茶屋の旦那からの差し入れだ。ありがたく受け取っておけばいい」
そこには、星の欠片のようにきらきらと光る金箔が入っていた。
「ロエル、何してるの?」
蒼月の仕込の中では一番幼いマオが厨房をのぞく。
香り高い細い葉の上に、丸くて透明な菓子が一つずつ並ぶ。
ふるりと柔らかな餅の中には甘い餡が入っている。
ロエルは、餅の表面にそっと金箔を乗せていく。
「星餅を作ってるんだよ。マオの国にはなかった?」
きらきらと目を輝かせて、マオはコクリと頷いた。
「今日は星祭りだろう?星餅は星祭りの日に食べる菓子だよ。家族や好きな人と一緒に食べるんだ。また1年、ずっと仲良くいられますようにって」
「へー!いろんな行事があるんだね」
「うん。ずっと昔に東の方の国から伝わってきたらしいよ。最近では、大好きな人に好きだって言う日なんだ」
ロエルは、ふふっと笑った。
若者の間では、すっかり愛の告白をする日になっている。
「すき!」
「そう。星祭りは恋人たちのお祭りだものね」
細長い葉に乗せた透明な餅菓子は、朝早くから家々で作られる。
商売人の家では、店で買ってきて食べるのが普通だ。でも、ロエルは毎年、蒼月で働く人々の分を自分で作っていた。
想いをこめて、一つずつ。
──大好きな人たちが一緒に笑顔でいてくれますように。
「ねー、これいつ食べるの?」
マオはロエルを兄のように慕っている。ロエルの作るものも大好きだった。
「もう少ししたら、お茶の時間だから。皆で食べよう」
ロエルは、にっこりとマオに向かって微笑んだ。
夕方から仕事が忙しくなる前に。
集まった一同は、みな嬉しそうに菓子を頬張った。
甘味は貴重だし、今日の星餅には金箔までかかっている。
「ロエルの作った菓子はうまいな」
兄のカザルやハヌルが嬉しそうに言う。
「こんなに綺麗な物、初めて食べた」
マオをはじめとして、店に来て間もない仕込たちが興奮して叫ぶ。
皆の笑顔を見て、ロエルは嬉しかった。
花街の日々は華やかだけれど、苦しいことが多い。下積みの間は、ましてだ。
少しでも温かい気持ちになってくれたら嬉しい。
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