1.それぞれの思惑

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   蒼月の主、カザルが座敷に端然と座って言った。 「弟のロエルを後宮に行かせることにした。すまないが、お前も一緒に行ってはくれないか」  蒼月は王都の花街にある置屋だ。  親元から離された子どもたちに衣食住を与え、一人前の芸妓に育て上げる。  幼いリュカは親に売られた。蒼月に来て初めてお腹いっぱい食事をとり、あたたかい布団で眠れたのだ。  主の言葉に一も二もなく頷く。  若き当主はこうも言った。 「後宮に行くとは言っても、まずは王宮で審査がある。審査に通らなければすぐに家に帰される」  ──ロエルは、芸妓に長け器量もいいお前とは違う。すぐに帰されるだろう。  言葉にしない主の思惑を、リュカは正確に見抜いていた。  主の末の弟ロエルは、リュカと同い年だ。容姿は平凡だが、誰にでもにこにこと笑顔を絶やさない。  朝早くから使用人たちと働き、学校が休みの日はリュカたちの食事も作ってくれる。  自分はろくに役に立たないと言うが、人が嫌がることを文句も言わずに片付ける。  俺は、ロエルのためなら地獄にでも一緒に行ってやる。  後宮に残らず、二人で蒼月に帰るんだ。  いや、帰らなくてもいい。いっそ、このまま二人で──。  そう思っていたのに。  主様⋯⋯。俺は今、猛烈に反省しています。  なぜ、審査に通るのは美人だとばかり思っていたのでしょう⋯⋯。  花街暮らしだったせいか、美は彼等にとって常に第一の基準であった。  ところが、王宮の審査は予想外のものだった。王太子の好みがわからないから、と容姿の選抜基準はだいぶゆるい。  ゆるいどころか、むしろ、幅広かった。  厳しかったのは、会話、礼儀、作法、歌舞音曲。  貴族や大商人の息子でも、身についていないとなれば容赦なく帰された。 「適当に手を抜いて、一緒に城を出される予定だったのに」  一人ずつ部屋を与えられてまだ王宮にいるなんて。  ロエルの笑顔が(まぶた)に浮かぶ。 「⋯⋯容姿が平凡なほかは、なんでもそこそこ出来ちまうじゃねえか!!!」  リュカの叫びは、王宮の闇に静かに消えていった。  ***************  花街の置屋の末子、ロエルは悩んでいた。 「どうしよう⋯⋯どうしたらいいのかな。あと2日」  王宮に来てから2週間。  これは、本当にまずいんじゃないだろうか。  もう、とっくに家に帰っているはずだったのに。  周囲の予想に反して、ロエルは次々に審査を突破した。  まず会話。次に礼儀作法。学術もあった。最後の審査は歌や舞、鳴り物だ。  生家の『蒼月』は置屋だ。お客に対する対応や年長者への言葉遣い、礼儀作法は幼い頃から厳しく躾けられてきた。 「商売人の家の子が、礼儀知らずと言われるようじゃあ困る!!」  長兄カザルの容赦ない躾は、もはや体に染みついていた。 「読み書き算盤は生きる知恵!遠慮するこたあない。学校は俺等がいいって言ってるうちに行っとけ!」  次兄ハヌルが笑ってそう言ってくれたから、必死に勉強した。  芸妓になるわけじゃないから、舞や鳴り物は嗜み程度でいいはずだった。  しかし、幼馴染のリアンが「芸は身を助くというから」と、手取り足取り教えてくれた。  仕込たちと違って出来が良い方ではなかったが、少しできれば褒められ、よしよしと頭を撫でられる。 嬉しくなって、稽古は欠かさず真面目にやっていたのだ。  ロエルが首をひねっている間に審査はどんどん進んでしまった。  慌てたリュカも、蒼月で仕込まれた成果を発揮した。  かくして、二人は見事に最終まで残ってしまったのである。  豪奢な部屋のふかふかのベッドに座り、はぁとため息をつく。  窓からは、遠く輝く海が見える。美しく広大な庭。  ──どこもかしこもビックリするぐらい綺麗だけど⋯⋯。  全然嬉しくないよ。  ⋯⋯みんなに、会いたいなあ。  ベッドに横になると、部屋に飾られた花が目に入った。  ほのかに漂う甘い香り。  目をつぶると、懐かしい香りを(まと)った銀色の髪が見えた気がした。
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