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番外編 ルルの一日
「あれ?ルル、どこに行ったの?」
ロエルは首を傾げた。
午前の仕事を片付けて、一息つこうと自室に戻る。
からりと戸を開けた時、部屋の中には誰もいなかった。
「お昼なのに。いつも寝てる座布団の上にいない⋯⋯」
ルルが気に入っているふわふわの夏掛けも、畳まれたままだ。
涼しい風が通る窓から覗いてみたが、中庭にも姿はなかった。
「マオが散歩にでも連れて行ったのかな」
外は晴れて、青空が広がっている。
「おやつまでに戻ってくるといいけど」
☆
ぼくのだいじなひとは、ふたりいる。
ロエルと、マオ。
いつもごはんや、おやつや、あたたかいねどこをくれる。
ルルってよばれて、なでてもらうと、うれしい。
あるひ、マオがいった。
「みんながぼくのこと、チビって言うんだ。仕込の中で一番小さいからってさ。あーあ、ルルが人だったらいいのに。一緒に話して、おやつ食べてさ。きっと楽しいのに」
マオは、ぼくに、ひとになってほしいのかな?
「たまには市場の屋台に買い物に行ったり、遊びに行ったりさー」
そういって、ぼくのあたまを、なでてくれた。
マオと、おさんぽするのはすき。もっと、ちがうこと?
「まあ、そんな願いは無理だよね」
おねがい、ってきいたことある。
きらきらしたものをたべて、おねがいします、っていう。
そうすると、きらきらしたものが、からだにたくさんひかる。
まえに、ロエルが、たべた。
ロエルが、だいじなものだからって、しまったあと。
ひとつだけ、おへやのはじで、みつけた。
きらきら、きらきら。
ここだよ、っておしえたけど、ロエルはいそがしい。
あとでね、っていうから、しまったの。
いつもの、おふとんのしたに。
ロエルが、いってた。
「これは食べちゃダメだよ」、って。
でも、あれをたべたら、マオのおねがいが、かなう?
きらきらを、たべて。
ひとに、なって。
いちばのみせ⋯⋯。おかいもの???
☆
「ねえ、どうしたの?大丈夫?」
港に近い市場の片隅。
赤毛の少年が座り込んだ子どもに声を掛けている。
少年の瞳は、くりくりとよく動く。鼻の頭には、そばかすがついている。
手には食料品を入れた籠を抱えていた。
「⋯⋯⋯⋯」
「こんな子、この辺では見たことないんだよなあ」
「⋯⋯⋯⋯」
「ねえ、名前は?」
☆
なまえ?
なまえって、いつもよばれてる、あれ。
こえ、だせるのかな?
「⋯⋯るぅ⋯⋯るる」
ん、んー、いつもとちがう。
なんだか、たかい、こえがでた。
マオみたいな、こえ。
「ル?ルル?」
「⋯⋯るる」
「ルル!ルルって言うんだ!!」
そのとき、おなかが、なったんだ。
きゅるるーって。
「え⋯⋯あれっ。おなか、すいてんの?」
ぼくは、こくんとうなずいた。
きらきらを、たべたときは。
まだ、おひるに、なってなかったから。
☆
「ほら、おいで。俺たちの屋台のでよかったら、食べていいからな」
「⋯⋯みせ?」
「そう、知らない?リザの屋台。市場の端に、俺と兄貴の屋台があるんだ。魚の形の甘い焼き菓子を売ってるんだ。中には砂糖と木の実を砕いて入れてある。美味いよ!!」
市場に連なる屋台には、様々な食べ物が売られていた。
早口で話しながら、少年は、一番端の屋台を目指して歩いていく。
屋台の前には、人々が並んでいるのが見えた。
砂糖と油の混じった甘い香りが流れてくる。
少年と同じ赤毛の短髪の男が、汗をかきながら紙に包んだものを客に渡していく。
少年に気づいた途端、大声が上がった。
「こら!リク!!いつまで買い物に行ってんだ。寄り道してんじゃねえ!」
「なんだよ兄貴!言われたもんは、ちゃあんと買ってきたぜ」
「おお!⋯⋯おっ?その子はどうした?ずいぶん可愛いの連れてきたじゃねえか」
「この子、腹減ってるみたいなんだ。兄貴、トゥン1個ちょうだい」
「はあ?お前が交代で焼け!」
鉄板の上で、二つに合わさった魚の型が次々に開いていく。焼き菓子が次々に出来上がった。
「はい、2個ね!おまちどおさま!!」
「こちらは5個?ちょっと待ってね。熱いから気をつけて!」
兄が焼き上げ、弟が並べた菓子を、次々に客に渡していく。
手際の良さは、二人の仲の良さを表すようだ。
「ルル?ルルだよね?ちょっと、ここに座って」
リクは、屋台の後ろに転がっていた小さな樽を逆さにして屋台の隣に置いた。
「ここに座ってな。⋯⋯小さいから、乗れる?ああ、大丈夫だね」
少年は、素早く紙に包んだ菓子を子どもに手渡した。
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