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2.幸運の使い
「あまりに美しいものを見ると、言葉がなくなる、ということがあるな」
大広間の中央を見て、宰相は呟いた。
側にいた文官が頷く。
「語彙の崩壊ですね、閣下。綺麗、大好き、マジ美人!のような」
「⋯⋯貴様は科挙からやり直した方がいいな」
「そんな、閣下!!佳人は閉月羞花にして一顧傾城、雲中白鶴の如き佇まい⋯⋯いかがです?」
「⋯⋯⋯⋯」
アスウェルの王太子は無事に王宮に到着した。
選ばれた100人の若者たちは後宮入りを認定され、今は王の所有となっている。
歓迎の宴、当日。
大広間の中央には、きらびやかな衣装を身につけた若者たちがいた。
王の後宮の着飾った妾妃たちもいるが、人々の視線は1人に集まっている。
明るい金の髪、空の色を映した蒼い瞳。肌は白磁のように滑らかで透き通るようだ。
瞳の色と同じ宝石が耳と首元を彩っている。繊細なレースのヴェールからのぞくほっそりとした手を取りたい。居並ぶ者たちは皆、そう思った。
「リュカ殿」
「第3王子殿下。今宵もご機嫌麗しく、何よりと存じます」
「⋯⋯名前で呼んでくださればいいものを」
「そんな。卑小なわたくし如きが殿下の御名を口にするなど恐れ多いこと」
「何と奥ゆかしい。今宵の貴方を見たら月の女神も雲間に顔を隠すことだろう」
リュカは長いまつ毛ををふるわせて、艶やかに微笑んだ。
周りの男たちが息をのむ。
ズアの第3王子がしどろもどろになって話を続けるが、リュカは上の空でしか聞いてはいなかった。
もうすぐ宴が始まるというのに、ロエルの姿が広間のどこにもなかったからだ。
ロエルは責任感が強い。いざという時に逃げだしたりはしない。
軽やかだった音楽が華々しく変わり、宰相が人々に呼びかける。
王と王妃が玉座に座り、最後にアスウェルの王太子が入場した。
************
宴が始まるより少し前。
「こちらにお召し替えを」
ロエルの部屋に王宮の侍女が持ってきたのは、滑らかなシルクとシフォン地で出来た衣装だった。
ちょっと透けすぎじゃない?と思ったが逆らうこともできない。
細身のシルエットが体にぴったりで、白い足が艶めかしく見える。
手首と足首に金の環をつけ、ヴェールを細い金の額飾りでとめたら出来上がりだ。
ロエルは部屋を出ようと扉を開けた。
「んん?」
小さな塊が廊下の向こうから走ってくる。
ドドドッドドッ。
部屋に飛び込んできたのは──、ベビーピンクの子豚だった。
「ちょっと待って!なんでこんなところに子豚がいるんだ!?」
コロコロした子豚は意外に素早い。
部屋の中をくるくると動き回り、絨毯をふんふんと嗅ぎまわる。
ロエルが近づくと、つぶらな瞳でまあるい鼻を押し付けてきた。
毛並みは短いがふわふわだし、しっぽはくるりと丸まっている。
「これ⋯⋯たぶん、愛玩用の改良種だ」
茶屋の旦那衆が様々な愛玩動物に飽きて、子豚が流行りだと言っていたことがある。
飽きたら食料にしてしまえばいい、と笑っていた。
「こんなに可愛いのに食べられないよ⋯⋯」
ロエルは動物が好きだった。
捨てられる動物を見ては拾いそうになるので、しょっちゅう怒られていた。
思わず、顔がふにゃふにゃと笑み崩れる。
小さな子犬程度の大きさの子豚を抱き上げるとハーブの香りがした。
「改良種は汗腺がないから臭くないんだよね⋯⋯」
「あああああ!申し訳ございません。こんなところまで!!」
子豚を抱いて廊下に出ると、若い文官が一人走ってきた。
驚いた子豚は腕の中でヴェールを咥えて震えている。
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