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「子豚は怖がりなので脅かしちゃダメです!」
「え!そうなんですか?⋯⋯だから逃げ出したのかなあ。その子豚、返していただけませんか。今日の宴に必要なんですよ」
「返せと言われても⋯⋯」
子豚はロエルの腕の中で震えながら丸まっている。
「わかりました。広間まで一緒に行きましょう」
若い文官とロエルが広間の後方の扉から忍び込んだ時、宴は既に始まっていた。
王太子の紹介や国王の挨拶が終わり、華やかな群舞が繰り広げられている。
「では、こちらへ」
「はい。さあ、いい子だから、おとなしくするんだよ」
ロエルからそうっと文官の手に渡された子豚は。
あっと思う間もなく二人の手をすり抜けて、磨き抜かれた床に着地した。
宰相は、いらいらと脇の文官に囁きかける。
「最後の余興の代物はどうした?用意していた音曲が尽きるぞ。お前が手配したのではなかったか?」
「閣下!あと少し⋯⋯あと少しお待ちを」
「ええい!やはり最後まで自分で指揮を執るのだった⋯⋯!!」
──忙しさに紛れてこやつに最終判断を任せたのは一生の不覚。
──こうなったら何の面白みもないが、居並ぶ面々から王太子に好みの者を選ばせよう。
王太子の冷笑が一瞬、脳裏をよぎる。
宰相が己を呪った頃、とうとう刻限になった。
「我らが盟友、セラン王太子殿下。どうぞ、こちらへ」
濃い蜂蜜色の波打つ金の髪、射るような同色の瞳。
男らしい太い眉に整った鼻梁。服の上からでもわかる、鍛えられた体。
王太子には見事な王者の風格があった。
王太子が宰相に導かれた前にはずらりと着飾った若者たちが並ぶ。
「ズアの国中から、選び抜いた者たちにございます。お好みに合いますように」
「ふ──ん」
王太子がわずかに呟き、何か言いたげに宰相を見た。
その時。
「わあああああああ!」
悲鳴が上がった。
「⋯⋯なんだ。何が!」
「⋯⋯犬!?きゃあぁぁあ!」
広間にいた人々の間を何かがすり抜けていく。
ひらひらしたものを纏って。
「ぶた!子豚だ!!」
「誰かつかまえて!」
「駄目だよ、待って!」
子豚はまっしぐらに走った。
そこが一番走りやすかったからだ。
王太子が歩くために広く開けられた道が。
「わあぁあー!」
「殿下!!」
一人の小柄な若者が走ってくる。
子豚の後を追って。
宰相も、文官も、居並ぶ人々も。
息を飲んだ。
ぽすん。
王太子は飛び込んできた子豚を優雅に抱え上げた。
「へーえ、可愛いじゃない」
子豚は、王太子の腕の中で、ぷっぷっと息をついている。
そして王太子の目の前には。
ぐしゃぐしゃになったヴェールと息を切らしたロエルがいた。
近衛の騎士たちが一斉に前に出ようとしたが、王太子は目で制した。
「も、申し訳ございません⋯⋯」
ロエルが礼をとって膝を折ると、王太子の腕の中の子豚がもぞもぞと動く。 王太子が屈むと、するりと床に降りた。
子豚はロエルの膝に鼻先を擦りつける。
「この子がいい」
「⋯⋯へ?」
思わず変な声を出してしまう。
王太子はしゃがみこんで、ロエルに目線を合わせた。
ロエルは子豚を抱えたまま、目を瞬く。
王太子はにっこりと微笑んだ。
「知ってる?アスウェルでは、子豚は幸運の使いなんだ」
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