2.幸運の使い

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「子豚は怖がりなので脅かしちゃダメです!」 「え!そうなんですか?⋯⋯だから逃げ出したのかなあ。その子豚、返していただけませんか。今日の宴に必要なんですよ」 「返せと言われても⋯⋯」  子豚はロエルの腕の中で震えながら丸まっている。 「わかりました。広間まで一緒に行きましょう」  若い文官とロエルが広間の後方の扉から忍び込んだ時、宴は既に始まっていた。  王太子の紹介や国王の挨拶が終わり、華やかな群舞が繰り広げられている。 「では、こちらへ」 「はい。さあ、いい子だから、おとなしくするんだよ」  ロエルからそうっと文官の手に渡された子豚は。  あっと思う間もなく二人の手をすり抜けて、磨き抜かれた床に着地した。  宰相は、いらいらと脇の文官に囁きかける。 「最後の余興の代物はどうした?用意していた音曲が尽きるぞ。お前が手配したのではなかったか?」 「閣下!あと少し⋯⋯あと少しお待ちを」 「ええい!やはり最後まで自分で指揮を執るのだった⋯⋯!!」  ──忙しさに紛れてこやつに最終判断を任せたのは一生の不覚。  ──こうなったら何の面白みもないが、居並ぶ面々から王太子に好みの者を選ばせよう。  王太子の冷笑が一瞬、脳裏をよぎる。  宰相が己を呪った頃、とうとう刻限になった。 「我らが盟友、セラン王太子殿下。どうぞ、こちらへ」  濃い蜂蜜色の波打つ金の髪、射るような同色の瞳。  男らしい太い眉に整った鼻梁。服の上からでもわかる、鍛えられた体。  王太子には見事な王者の風格があった。  王太子が宰相に導かれた前にはずらりと着飾った若者たちが並ぶ。 「ズアの国中から、選び抜いた者たちにございます。お好みに合いますように」 「ふ──ん」  王太子がわずかに呟き、何か言いたげに宰相を見た。  その時。 「わあああああああ!」  悲鳴が上がった。 「⋯⋯なんだ。何が!」 「⋯⋯犬!?きゃあぁぁあ!」  広間にいた人々の間を何かがすり抜けていく。  ひらひらしたものを(まと)って。 「ぶた!子豚だ!!」 「誰かつかまえて!」 「駄目だよ、待って!」  子豚はまっしぐらに走った。  そこが一番走りやすかったからだ。  王太子が歩くために広く開けられた道が。 「わあぁあー!」 「殿下!!」  一人の小柄な若者が走ってくる。  子豚の後を追って。  宰相も、文官も、居並ぶ人々も。  息を飲んだ。  ぽすん。  王太子は飛び込んできた子豚を優雅に抱え上げた。  「へーえ、可愛いじゃない」  子豚は、王太子の腕の中で、ぷっぷっと息をついている。  そして王太子の目の前には。  ぐしゃぐしゃになったヴェールと息を切らしたロエルがいた。  近衛の騎士たちが一斉に前に出ようとしたが、王太子は目で制した。 「も、申し訳ございません⋯⋯」  ロエルが礼をとって膝を折ると、王太子の腕の中の子豚がもぞもぞと動く。 王太子が(かが)むと、するりと床に降りた。  子豚はロエルの膝に鼻先を擦りつける。 「この子がいい」 「⋯⋯へ?」  思わず変な声を出してしまう。  王太子はしゃがみこんで、ロエルに目線を合わせた。  ロエルは子豚を抱えたまま、目を瞬く。  王太子はにっこりと微笑んだ。 「知ってる?アスウェルでは、子豚は幸運の使いなんだ」
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