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「⋯⋯きみ。めちゃくちゃ目が怖いんだけど。ついでに、さっきからわざとステップ外してるよね」
「あら、そんなこと⋯⋯。王太子殿下こそ、ろくにダンスに身が入らぬご様子。わたくしではご不満でしょうか」
「いや、美人は大好きだ。そして、君は間違いなくこの場で一番美しい」
「まあ、光栄ですわ。さすがアスウェルの王太子殿下、お目が高くていらっしゃる」
「⋯⋯ぼくは艶やかな大輪の花は好きだ。しかし、美しい花には毒がある。野辺の花の愛らしさこそ捨てがたい」
二人の間に静かに火花が散った。
軽やかに踊る二人は、見た目からは想像もつかぬ舌戦に突入した。
──ああ、もう散々だった。
似合いの二人が踊る姿を、ロエルはソファで一人眺める。
──このまま、殿下はリュカをお相手に選ぶのだろうか。
自分よりはよほど、理に適っていると思うが。
「よろしければ、お召し上がりになりませんか?」
美しい色取り取りの酒がトレイに乗って運ばれてくる。
「あ、ありがとうございます」
ロエルは美しい琥珀色の酒の入ったグラスを手に取った。
ズアの成人は16だ。今までお酒は舐める程度にしか飲んだことがない。
ため息を一つついた後。
「もう、飲んでやる!」
ロエルは一気に酒をあおった。
──慣れぬことはするものではない。
口当たりの良い酒は、じわじわと体に回る。
「熱い⋯⋯」
──少し外の空気を吸ってこよう。
ロエルは近くの大きな硝子扉からベランダに出た。
中空には見事な満月が輝いていた。月明かりを受けて、大理石の床がほの白く光る。
皆、広間にいるのだろう。中とは違って、外は穏やかな静寂に満ちていた。
音楽も人々のざわめきも遠く、青白い月の光だけが満ちている。
少し湿気を帯びた夜気は、柔らかく体を包んだ。
草の匂いに混じって、どこからか甘い花の香りがする。
誰もいない広いベランダを歩いて、繊細な彫刻が施された柱にもたれかかる。
ふっ、と目の前が暗くなった。後ろに人の気配がして、温かい手で目隠しをされた。
ドキンと胸が鳴る。
「──だれ?」
頬にサラサラと長い髪が触れる。
「え⋯⋯?」
振り返った先には、緑水晶の瞳があった。
「リアン⋯⋯?どうして!?」
月の光を浴びて、ロエルの幼馴染。
舞や鳴り物の師匠、リアンが立っていた。
今日のリアンは、金の刺繍が施された豪奢な衣装を身にまとっている。腰まである髪を両耳の脇に細く垂らし、残る銀髪を高く結い上げている。何本も髪に挿した簪についた黄水晶が淡い光を放つ。まるで幼い頃から見てきた花魁のような華やかさだ。
目元には朱が刷かれ、唇には艶やかに紅が塗られていた。
「いや、なんでここにいるの?それ、女舞の衣装でしょう?」
「これ以上、放っておいたらまずいな、と思って」
ロエルはわけがわからなかった。
リアンは天女もかくや、という微笑みを浮かべた。
「このままだと本当に帰れなくなりそうだから──攫いに来た」
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