3.一緒にダンスを

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「⋯⋯きみ。めちゃくちゃ目が怖いんだけど。ついでに、さっきからわざとステップ外してるよね」 「あら、そんなこと⋯⋯。王太子殿下こそ、ろくにダンスに身が入らぬご様子。わたくしではご不満でしょうか」 「いや、美人は大好きだ。そして、君は間違いなくこの場で一番美しい」 「まあ、光栄ですわ。さすがアスウェルの王太子殿下、お目が高くていらっしゃる」 「⋯⋯ぼくは(あで)やかな大輪の花は好きだ。しかし、美しい花には毒がある。野辺の花の愛らしさこそ捨てがたい」  二人の間に静かに火花が散った。  軽やかに踊る二人は、見た目からは想像もつかぬ舌戦に突入した。  ──ああ、もう散々だった。  似合いの二人が踊る姿を、ロエルはソファで一人眺める。  ──このまま、殿下はリュカをお相手に選ぶのだろうか。  自分よりはよほど、理に(かな)っていると思うが。 「よろしければ、お召し上がりになりませんか?」  美しい色取り取りの酒がトレイに乗って運ばれてくる。 「あ、ありがとうございます」  ロエルは美しい琥珀色の酒の入ったグラスを手に取った。  ズアの成人は16だ。今までお酒は舐める程度にしか飲んだことがない。  ため息を一つついた後。 「もう、飲んでやる!」  ロエルは一気に酒をあおった。  ──慣れぬことはするものではない。  口当たりの良い酒は、じわじわと体に回る。 「熱い⋯⋯」  ──少し外の空気を吸ってこよう。  ロエルは近くの大きな硝子扉からベランダに出た。  中空には見事な満月が輝いていた。月明かりを受けて、大理石の床がほの白く光る。  皆、広間にいるのだろう。中とは違って、外は穏やかな静寂に満ちていた。  音楽も人々のざわめきも遠く、青白い月の光だけが満ちている。  少し湿気を帯びた夜気は、柔らかく体を包んだ。  草の匂いに混じって、どこからか甘い花の香りがする。  誰もいない広いベランダを歩いて、繊細な彫刻が施された柱にもたれかかる。  ふっ、と目の前が暗くなった。後ろに人の気配がして、温かい手で目隠しをされた。  ドキンと胸が鳴る。 「──だれ?」  頬にサラサラと長い髪が触れる。 「え⋯⋯?」  振り返った先には、緑水晶の瞳があった。 「リアン⋯⋯?どうして!?」  月の光を浴びて、ロエルの幼馴染。  舞や鳴り物の師匠、リアンが立っていた。  今日のリアンは、金の刺繍が施された豪奢な衣装を身にまとっている。腰まである髪を両耳の脇に細く垂らし、残る銀髪を高く結い上げている。何本も髪に挿した(かんざし)についた黄水晶が淡い光を放つ。まるで幼い頃から見てきた花魁(おいらん)のような華やかさだ。  目元には朱が刷かれ、唇には艶やかに紅が塗られていた。 「いや、なんでここにいるの?それ、女舞の衣装でしょう?」 「これ以上、放っておいたらまずいな、と思って」  ロエルはわけがわからなかった。  リアンは天女もかくや、という微笑みを浮かべた。 「このままだと本当に帰れなくなりそうだから──(さら)いに来た」
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