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1.それぞれの思惑
一艘の船が港に近づいてくる。
「へーえ!きれいなところじゃない?ハシム?」
「まことに。さすが、大陸一の貿易国でございます」
小高い山の上に見える王城、少し離れて整然と立ち並ぶ家々。
青空と太陽の光に白く輝く家並みが一枚の絵のようだ。
「王城があれってことは、周囲は貴族の屋敷かなあ。びっくりなのは、もっと手前に見える平民たちの家!港の近くまで小さいのが綺麗に並んでるよねえ」
「左様でございます。都市の通路が隅々まで整備されている様子。ズアの国力が測れますな。あとは実際に確かめてご覧になるのがよろしいかと」
「⋯⋯ふふっ。タヌキの誘いに乗ってみたけど、面白いことがありそうじゃない?」
「⋯⋯⋯⋯」
侍従はほんの少し眉を下げて、主を見た。
主は金色の瞳を輝かせている。
「予定よりずいぶん早く着いちゃったけど、まあいいよね。順調な航海でよかったなあ」
「女神のご恩寵深きこと、何よりでございます」
古来より船の舳先には守護女神の像が祀られている。
海神の機嫌をなだめるのは女神と決まっている。
「⋯⋯女神かあ。ズアではどんな女神に会えるのかなあ?」
侍従が答える前にカモメがすぐ近くをかすめ、港に入ることを告げた。
***************
ズアの宰相ロワンは悩んでいた。
もうすぐ隣国アスウェルの王太子がやってくる。
長年国境を挟んで小競り合いを繰り返していた隣国と、ようやく同盟が結ばれたのだ。
ロワンは宰相として力を尽くしたが、王太子の説得がなければアスウェルの国王は同盟にうんとは言わなかっただろう。
───同盟が成ったあかつきには、ぜひわが国へのご訪問を。お望みの物をご用意致しましょう。
確かにそう言った。言ったが、まさか本当にすぐ来るとは思わなかった。
「どうする⋯⋯どうするか。あと2日。
殿下のお好みのとおり、国中から15歳から18歳までの男子を集めてはみたが」
「閣下。明後日の御到着に備え、準備は着々と進んでおります」
「礼儀作法から学術に至るまで、身についた者を厳選いたしました」
部屋中に溢れた書物に埋もれる文官たちの言葉に頷く。
「あの王太子が、選ばれた者たちをどうぞと差し出されたところで、はいはいと受け取るはずもない。余興を何か⋯⋯!!」
宰相は、うろうろと部屋の中を歩き回る。
「目の前で選ばせるか。くじ、賽の目⋯⋯平凡すぎる。いっそ、小鳥か⋯⋯蝶でも飛ばすか」
傍らでうずたかく積まれた文献に目を通していた文官たちの一人が言う。
「閣下、他国では動物に相手を選ばせたという事例がございます」
「羊を放し、羊が辿り着いた美女のもとに王が通ったという話だろう。有名な話だ」
とある国の後宮に伝わる昔話だ。
時の王の後宮に万と揃えられた美女。夜ごとの相手を選ぶのに疲れた王は、とうとう動物に相手を選ばせることにした。頭のいい一人が羊の好む塩を自分の部屋の目の前に置いた。そこで羊は部屋に向かい、見事に王の寵を得たので、後宮の者たちが争って真似をしたという。
「閣下!ならば牛はどうです?子豚を走らせるというのも───!!」
「ばっ・・・っかもの!!!」
宰相の怒声が部屋の中に響き渡った。
***************
『蒼月』の仕込、リュカは悩んでいた。
「どうする⋯⋯どうするんだ。あと2日」
2週間前、自分が身を置く置屋の末子、ロエルと共に王宮に来た。
『隣国アスウェルの王太子が同盟締結後、初の親善訪問にやってくる。身分問わず、15歳から18歳までの男子を後宮に集めよ』
そんな通達が市中に出回った為だ。
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