メメの兄

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 髪をきっちり結い上げた頭に帽子を被る。帽子は鍔が広く、目深に被ると目立つ銀の髪がうまく隠れた。モカはそれに満足げに頷く。 「それじゃあ、鞄を取ってきますね」  メメを部屋に送り届けると、モカは走って階下へ向かう。「私の荷物はちゃんとあるから」と背中に声をかけると、振り向かずに「はーい」と返ってきた。  モカを見送ったメメは、いったんベッドに腰かける。少し包帯の下の目が痛くなって包帯越しにさすっていると、すぐ目の前に黒い靄によく似た塊が現れた。……これが、アストリアのもとへ行くための門だ。そこからさらにしばらく待つと、小さな足音が聞こえてきた。メメは開け放したままの扉の咲を見て、小さく息をつく。 「なんでそんなに大荷物なの」  モカは大人が持つにしてもかなり大きめなトランクを持っていた。子供の体をしているモカが持つにしてはかなり重たいようで、足元はふらついている。いつものこととはいえ、どうしてあんな大荷物になってしまうのか。 「念には念をと思うと、どうしてもこうなっちゃうんです。ついでなのでもう一度戸締りも確認してきました。問題ありませんでしたよ。門、開いたんですね。さっそく行きましょう」  モカは両手が塞がっているのに、メメの膝の上にある鞄を手にしようとするから、思わず鞄を抱きかかえる。 「これくらい自分で持てるから」 「そうですか?」 「そう。早く行こう」  メメは鞄を手に立ち上がり、モカを振り向かず、部屋に浮かぶ黒い塊へと進み出る。  開いた黒い門に向かって突き進む。靄のように見えるのに、すり抜けることはない。まっすぐ進むと、三歩目で景色が一変する。踏みしめていた床の感触もあるとき唐突に変わった。  そこは、手狭な石の部屋だった。天井や壁には煌々と光る小さな石が埋め込まれており、そのおかげで窓がなくとも辺りは明るい。……意思は、魔術によって加工された照明として使われている石だ。  メメとモカが門から出ると、門は静かにかき消えていく。目の前の両開きの扉を潜ると、広々としたエントランスに出た。  無事に目的地……現在、メメが属している組織、棺の森の本部に辿り着いたようだ。  メメとモカはいつものように、入口脇にあるテーブルに荷物を置く。テーブルの上にあったタグを荷物につけると、荷物はすーっとかき消えた。それぞれ与えられた客間に送られたはずだ。荷物と入れ替わりに、小さな鍵が二つ落ちてくる。番号は連続していた。メメはそれを拾い、片方をモカへ渡す。モカは「ありがとうございます」と言って、小さく頭を下げた。 「それじゃあ俺は、仕事の話をしに行ってきます。お姉さんはどこで待っていますか?」 「アストリアのところに行ってちょっと話してくる」 「わかりました。用件が終わったら迎えに行きますね」 「それはいいから、あなたはあなたの仕事が済んだらさっさと部屋に帰って休むなり仕事を続けるなり、好きにして」 「そうですか?」 「うん、それで問題はないから」 「わかりました。それじゃあ、俺は行きます」  モカは正面にある階段の脇にある扉に向かって駆け出して、途中で振り返る。 「具合が悪くなったらちゃんと休んでくださいね」 「わかってる」 「そうですよね」  モカはちょっと苦く笑って数歩進み、また立ち止まってメメを見る。 「そういえばもしものときの痛み止めの薬は持ってきていますか? もしないなら……」 「あるから。ちゃんと持ってきてるから」 「でも今は鞄の中ですよね? 取ってきましょうか?」 「今日の体調からして、そこまでにはたぶんならないよ。もしそうなってもアストリアがすぐに部屋まで送ってくれる。大丈夫だから、あなたはあなたの仕事に集中して」 「……はい。それじゃあ、何かあったらすぐにアストリアさんにお願いして、俺を呼んでくださいね」  そんな必要性はちっとも見出せないのだが、ここで断る彼はさらに心配になってしまいそうだ。 「……わかった」  メメは渋々頷くと、モカは「絶対ですよ」と言って、立ち去っていった。……彼は、ひどく心配性だ。特に家以外でメメが一人でいることが心配で仕方ないようで、メメが一人で行動しようとすると、すぐにこうやってしつこくあれこれ声をかけてくる。 (昔から、そうだったのかな)  覚えていない。覚えている人も、もういない。
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