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ホームパーティー その1
「お待ちしてました、どうぞ」
午後一時ちょうどに、史と柾、律と欧介は黒瀬家のドアの前に集合した。
軽く挨拶を交わし、4人で緊張しながらチャイムを鳴らした。
出迎えた理人は黒縁の眼鏡をかけた華奢で中性的な美形だった。
リビングに通されると、マンションのオーナーらしき男が待っていたが、4人はいきなり緊張した。
少し髪に白いものが混じった50がらみの彼はかなり威圧感があり、歳の離れた理人からは想像の出来ない「相方」だった。
黒瀬に緊張しながらも、史と柾の持ってきたサンドイッチ、律と欧介が持ってきた苺、それからピザとワインで大いに盛り上がった。
その1.ダーリン会議 (柾・黒瀬・律)
「え、じゃあ、律くんはもともとノンケなんだ」
「そうですね。男は欧介さんが初めてなんで…」
「じゃあ、櫻田さんはノンケを落としたってことか…やるな…」
「そんなすごいことなんすか?」
「なかなかハードル高いよ」
柾と律はピザをほおばりながら、律の経歴について話していた。
ワイングラスを傾けていた黒瀬はにやにやしながらその話を聞いていた。
律はキッチンで楽しそうに話す理人、史、欧介をちらりと見た。
理人がスープを温め、史が皿を用意して、欧介が洗った苺のヘタを取っている。どうやら意気投合したらしい三人の様子を見ながら、律は柾と黒瀬の顔を見た。
「あの……聞きたいことがあるんですが」
柾と黒瀬は顔を見合わせた。律は二人に近づき声をひそめて言った。
「その…つき合う秘訣といいますか…相手の気持ちを離さない方法とかって、どう思われます?」
柾と黒瀬はもう一度顔を見合わせた。そして意外そうに律に視線を戻した。黒瀬は少し笑顔になって答えた。
「若いんだから、君が一番そういうことに長けているんじゃないのか?」
「いえ、あの、俺よく分からなくて…どうやったら安心してもらえるのかなって…」
「安心ねえ…」
黒瀬はワイングラスを傾け、考える顔をした。律は柾に向き直り、言葉を待った。困ったように笑って、柾はうーん、と唸った。
「律くんと櫻田さんは何歳差だっけ?」
「7歳です」
「結構離れてるね。俺らは2歳だけど…黒瀬さんは…」
「成人式一回分ぐらいだな」
「「…………」」
律と柾は黙りこくった。上には上がいる。柾は気を取り直し、言った。
「櫻田さんが二人の関係を不安に思ってるってこと?」
「そういうことではないんですけど…なんか、俺の一方通行みたいな気がして…」
ぼそぼそと話す律に、黒瀬が低い声で言った。
「ゲイがストレートとつき合い続けるのが難しいのは、ずっと不安がつきまとうからだ。女に行かれたらお手上げだからな。が、君たちの場合は逆みたいだから、問題ないんじゃないか?君のその熱量を伝えてやればいいだろう」
黒瀬の横で柾も笑顔でうなづいて賛同した。
「俺もそう思うよ。多分櫻田さんが律くんを手放すことはないと思うな。
律くんを見てるときの櫻田さん、可愛くて可愛くて仕方がないって顔してるよ?」
「えっ」
「ほら」
三人はほぼ同時にキッチンを見た。欧介が視線に気づいて律を見て、にっこり笑う。その表情は花が開いたように華やかで、愛情に溢れていた。
律は顔を真っ赤にして顔を逸らした。ぱたぱた手で顔を仰ぐ律を、柾と黒瀬がくっくと笑う。
「良かったじゃないか。…で、橋口くん?君はうまくいってるのか、あの綺麗な彼と」
黒瀬はちらりと史を見た。律は話の矛先が柾に向いたのに安心して、うんうんとうなづいた。
柾は頭を掻きながら、はは、と笑って誤魔化そうとしたが黒瀬と律の視線に負けて口を開いた。
「うまくは…いってます。史さんがあまり感情を出さない人なので、何が言いたいのか読めなくてたまにぶつかることはありますけど…」
「けど?」
「俺が押し掛け女房みたいな状態なんです。だからもし史さんにいらないって言われたら…俺は路頭に迷うんで……」
「柾さん…顔真っ青ですよ、大丈夫ですか」
「考えたら怖くなってきた…」
律は柾の背中をさすった。しかし黒瀬はこれにもおかしそうに笑った。
「それこそ考えすぎだろう。さっきの櫻田くんと同じで、三澤くんは必ず君の視界の中にいるように振る舞ってる。無意識なのかもしれないが」
「え?」
広いワンフロアの部屋の中で、確かに史は必ず柾の視線が届く位置にいた。欧介ほどわかりやすく表情には出ないが、その端正な横顔で静かに見守っている。柾は照れ隠しでまた頭を掻いた。
そこで律は、黒瀬に向かって姿勢を正し、出来るだけ丁寧に尋ねた。
「黒瀬さんは…理人さんと長いんですか」
「そうでもない。3年目だ」
「「えっ」」
柾と律は同時に大きな声を上げた。二人で顔を見合わせてから、柾が言った。
「もっと長いかと思ってました。お二人の雰囲気で…」
かいがいしく黒瀬の世話をする理人。愛情深い視線は、いつどんなときも理人から黒瀬に向かって注がれていた。
「1年前、病気で死にかけてな。退院してからずっと、俺の身の回りの世話をしてくれているからそう見えるんだろう。あいつには…頭が上がらないよ」
「そう…なんですか…」
「……まあ、理由はそれだけじゃないがな。円満の秘訣を知りたいか?」
柾と律は大きく何度もうなづいた。クールな黒瀬を愛おしそうに見つめる理人は誰の目にも幸せそうに映る。何の問題もなさそうな二人だった。
「大切なのはやっぱり毎日のセ…」
「一樹さん?」
黒瀬の背後に、冷ややかな笑顔で立っている理人に気づいて、三人はまとめて凍り付いた。一番まずいところを聞かれた。
「な・に・が、大切ですって?」
「いや……」
「ワインも飲み過ぎですよ。グラス一杯って約束でしたよね?」
柾と律は凍り付いた笑顔のまま、黒瀬と理人の会話を聞いていた。怒っていても、理人は黒瀬の身体にぴったりと寄り添っている。しぶしぶ黒瀬がグラスを理人に渡すと、柾と律が見ているのも気にせず背後から顔を近づけてキスをする。
柾と律に笑顔を残して、理人はキッチンに戻っていった。
「見ての通り、口うるさいんだが…あいつは俺が何より大事だからな」
「…愛されてますね」
「そうだな。俺も理人がいないとどうにもならん。一蓮托生だ」
それぞれが自分のパートナーを見つめる。黒瀬がにやりと笑って、小声で言った。
「結局、愛情をもって抱いてやることが一番大事だ。男の身体は正直だからな」
はい、と小声で柾と律は答えて、黒瀬教授の特別講義は終了した。
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