2001号室

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2001号室

「理人」 「はい、一樹さん。今、デザートをお持ちしようと…」 「……それは後だ」 「え?」 黒瀬はキッチンでひとりデザートのガトーショコラを切り分ける理人の背後に立った。 腕を回し、ウエストを抱き寄せると黒瀬は息がかかるほどの近さで囁いた。 「……楽しそうだな」 「そうですか?」 「……たまには…悪くない。そんな顔を見るのも」 「もしかして……嫉妬してます?」 「……ふん」 黒瀬は理人の耳に舌を這わせ、ウエストを押さえた手をカットソーの中に忍び込ませた。理人は持っていたケーキナイフを置いた。 「一樹さん…お客様…が」 「あっちはあっちで楽しくやってる。気づかんさ」 リビングからは4人が楽しそうに談笑する声が聞こえた。黒瀬はさらに声をひそめた。 「むしろ気づかれた方が……楽しいか?」 「あなたはまた……そういうことを…」 黒瀬は理人を振り向かせ、唇を合わせる。背中から首の後ろに手を添え、ぴったりと身体をつけて離さない。 「…っ…これ以上は……だめです…っ」 「…いいから」 黒瀬は理人の足の間に太腿を押しつけ、腰を撫でた。首筋に唇を付けられ、理人は耐えられず声を漏らした。 「…ぁっ…」 「ほら、静かにしないと気づかれるぞ」 「だから…やめてって……っん…」           ☆ 律と柾はすっかり仲良くなり、律の撮った写真を見たり、たまたま好きな映画が一緒だったということで大いに盛り上がっていた。 史と欧介はそれよりは静かに話していた。二人の話題は、洋服の趣味や、好きな本だった。 「理人くん、遅いね」 「デザートの準備って言ってたけど…運ぶの手伝った方がいいかな」 「あ、俺行く!」 欧介と史の会話に、律が飛び込んできた。欧介が真剣な顔でうなづく。 「うん、律、少し働いて。さっきから何も手伝ってないでしょ」 「…タイミング合わなかっただけだし」 「理人くん手伝ってきてよ」 「だから行くってば!」 頬を膨らませて立ち上がった律を、柾と史がくすくす笑った。 キッチンに向かう後ろ姿を見ながら、史が欧介に聞いた。 「兄弟みたい。いつもあんな感じ?」 「いや…普段はもっと傍若無人」 「傍若無人」に二人が笑い転げていると、手ぶらの律が戻ってきた。 ばつの悪そうな表情で3人の前で立ち尽くした。 「律?」 「あ…あの、ケーキ、もう少しかかるみたいで…」 「だからそれを手伝ってきてって言ったのに」 「………」 「仕方ないなあ…」 立ち上がろうとしたのを、律に押さえこまれソファに押し戻されて欧介は目をぱちくりさせた。史と柾も驚いて二人を見た。 「律、なに、なんなの」 「いや、その、俺が、後で行くから大丈夫」 「でも…」 「いいから!」 「あ、僕行こうか?」 「柾さん、大丈夫!俺行くんで!」 律と柾がわたわたしている隙に、欧介が素早く立ち上がりキッチンに向かった。背後で、あっ、と律が言った時はもう遅かった。 キッチンの入り口で口を押さえて一瞬立ち止まった欧介は、くるりと向きを変えてリビングに逆戻りした。 「欧介くん?」 史が不思議そうに欧介をのぞき込んだ。欧介は、はは、と笑って隣に座る律に助けを求める視線を向けた。律はまた頬を膨らませて欧介を睨んだ。 「だから言ったじゃん」 「…うん」 「どうしたんですか?」 「あー……えっと、その理人くん達は今、ちょっと取り込み中で…」 「えっ」 「あっ」 史と柾は顔を見合わせ、不自然に視線が泳いだ。そして柾が頭を掻きながらこう言った。 「楽しくなっちゃって…長居しすぎちゃいましたね…」 「そうですね…」 はは、と4人で顔を合わせて笑ってから、キッチンに聞こえるように律が大きな声を上げた。 「欧介さん、俺、眠くなってきたかもー」 「え?あ、本当だ、こんな時間かー」 下手な芝居を打ったのが功を奏して、キッチンからゆったりと黒瀬が歩いて出てきた。何もなかったかのように、穏やかな微笑みを浮かべて。 「あ、黒瀬さん、僕たちそろそろ…」 黒瀬が微笑む後ろに、理人がひょこっと顔を出し、えっ、と言った。 「もう帰っちゃうんですか?」 「いや、ずいぶん長居しちゃって、すみません」 「そんなことないですよ。あ、お土産持って行ってくださいね」 理人にお土産のガトーショコラを渡され、4人は玄関で頭を下げた。 「楽しかったです。ごちそうさまでした」 「また来てくださいね、本当に」 「はい、もちろん!これからも仲良くお願いします」 4人はそれぞれ賑やかに話しながら、ドアを閉めた。話し声が徐々に遠ざかって行くのを確認すると、理人はくるりと振り返って黒瀬の首に巻き付いた。軽く唇を合わせて、理人は黒瀬の胸に頭を寄せた。 「片づけはいいのか?」 「明日早起きします」 「そうか」 「………お待たせして…ごめんなさい」 「待ちくたびれた」 黒瀬は理人の背中を壁に押しつけ、改めて唇を重ねた。バスルームにたどり着く前に、理人の洋服はすっかり取り払われていた。       (2001号室 完)
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