701号室 橋口/三澤

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701号室 橋口/三澤

「あー、やっと終わった!」 史は背もたれを使って大きく身体を伸ばした。ひっくり返ったところに柾の顔がひょいと近づく。 「お疲れさまです。コーヒー、飲む?」 「うん、ミルク入れて」 史が休みの日に仕事を持ち込むことは珍しい。どうやら面倒な案件らしく、前日の夜から唸っていたのを柾は黙って見守っていた。 「昨夜よく寝てないでしょう?少し寝たら?」 「ん~…コーヒー飲んでから」 柾はいまだ、史を呼び捨てに出来ていない。口調はくだけたものの、どうしても「さんづけ」が取れない。長年の上司と部下の関係はそう簡単に解消できるものではなかった。 史は煙草と携帯灰皿を持ってベランダに出た。 天気のいい日曜日の午後、やっと仕事から解放されてこれからどうしようか、と気分良く煙草に火を付けた。 マンションの前の公園で遊ぶ子供たちを見下ろしながら、煙を吐き出したところで、違う香りの煙が混じったのに気づき史はふと横を見た。 (隣?) 衝立の向こうから漂ってくる煙の出所をひょいとのぞくと、同じタイミングで、隣の部屋の住人も顔を出した。 「あ…、ども」 やっぱり煙草を持った隣人は、柔らかそうな茶髪の、シャツのボタンを全開にした背の高い男だった。彼は人懐こい笑顔で史に挨拶をした。 史は笑顔を作って会釈した。甘い香りが気になって、思わず史は尋ねた。 「ピースですか?」 「あー、そうです、ショート」 「…若い頃、吸ってました。懐かしい」 「俺はずっとこれだけですね~」 目が合って、お互いに微笑んだ。柔らかい雰囲気を持った男だった。そして史は思った。 (お仲間かな…) 隣はしばらく空室だった。いつ越してきたんだろう?と、考えたのが見透かされたみたいに、隣人は言った。 「先週、越してきたんです。櫻田といいます」 櫻田氏は衝立の向こうから手をにょきっと伸ばして来た。煙草を持ち替えて史も腕を伸ばした。 「三澤です。よろしくお願いします」 史の声に被さるように、櫻田氏の部屋の中から元気のいい声が響く。 「おーすけさーん、ちょっと、これー」 「あ、はいはーい、すみません、三澤さん、また」 櫻田氏はにっこり笑ってベランダから引っ込んだ。彼を呼んだのは若い男の声だった。事後感漂う開け放したシャツが風にはためいていた。 「確定…」 史が独り言を呟くと、カラカラと窓が開いて柾が顔を出した。 「確定って何が?コーヒー入ったよ」 「うん」 部屋に戻った史に柾はコーヒーを手渡した。 柾は史の隣にぴったりと寄りそって、様子を伺う口調で聞いた。 「さっきの何?」 「ああ…隣の部屋、入居したみたいで。ベランダ越しに挨拶したよ」 「どんな人?」 「ん~……、多分、お仲間?」 「マジか!」 柾は大きな声を出してカップをテーブルに置いた。史の両肩を持って、胸に顔を埋めてすんすんと匂いをかいだ。 「柾、どうした」 「いや、心配で……」 「何が」 「史さんは無意識に引き寄せちゃうから!」 「今日はそんなに匂ってないよ……だし……」 「だし、なんですか」 「いや……」 (彼は多分、ネコだ) 黙った史に、柾が粘着質な視線をじっとりと浴びせる。その嫉妬にまみれた表情が可愛くて吹き出した史に、柾はがばっと覆い被さった。 仰向けに押さえ込まれた史は、笑いながら尋ねた。 「……何する気?」 「マーキング!」 「なんだそれ…」 柾はくすくす笑う史にキスをして、パーカーの中に手を滑り込ませた。 柾の手が脇から胸を撫で、史は身体をよじって逃げる。柾は脚も使って史をがっちりホールドした。史の両足の間に手を挟み込んで柾は隙間がなくなるほど身体を重ねた。 「史さん…逃げないで…」 「…っん……」 「よそ見厳禁ですからね」 「よそ見なんかしてないだろ…っ…あ…っ…」 史のパーカーが軋むソファからぱさりと落ちた。
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