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702号室 咲枝/櫻田
「またそんな格好でベランダ出て……」
「暑いんだもん」
「もんもん言うなっ」
「そんな怒んなくても…」
文句を言う律の横をすり抜けて欧介はキッチンに向かった。遅めの昼食用に茹でていたパスタの鍋の火を止める。作っておいたトマトソースとパスタを絡めていると、後ろから律が顔をのぞかせる。
ウエストに手を回して、欧介の全開したシャツのボタンをひとつ止めた。
「腹、火傷してもしらねえぞ」
「火傷したら律が舐めて治して」
「俺は犬かよ……つか、発想がエロい」
「エロいのどっちだよ、ケツを揉むな、ケツを」
「とか言っちゃって……ご起立しそうだけど」
「律がやらしく触るからでしょーがっ」
休みの日は、ベッドをなかなか出られない二人。やっと起き出したら昼になっていることが多い。いちゃいちゃしながらも、いつのまにか特製ナポリタンが出来上がった。
「ねえさっき、誰かとしゃべってなかった?ベランダで」
「お隣、三澤さんだって。煙草吸ってて挨拶したよ」
「……男?」
「うん」
「どんな人?」
「んー…、予想だけどね、多分あの人は俺と一緒」
「ゲイってこと?」
「そう」
「………」
パスタを巻き付け終わっても、律の手はずっとフォークを回し続けていた。頬が風船のように膨らむ。それを人差し指で突っついて、欧介は言った。
「りっちゃん、何をむくれてる?」
「むくれてません」
「そんな丸顔だったっけかなあ…」
「うるさいっ」
「何か勘違いしてるみたいだけど」
欧介は律の頬を両手で挟んだ。膨らんだ頬からぷしゅう、と空気が抜ける。
「セクシュアリティが一緒だからって、必ず好きになるわけじゃないからね?それは男女と一緒だから」
「……わかってるよ。そうじゃなくて、俺は個人的に心配してるの」
「個人的?」
「欧介さん、自覚ないだろ。外歩くと、めっちゃ見られてんの知ってる?」
「えーと…?」
「あーもう、これだから!」
律は勢いよくテーブルを立ち上がり、欧介の顔をがしっと掴み、漫画だったら、ぶちゅう、と音がするような激しいキスをした。
同じトマトソースの味のする口の中をしばらく舐め回し、律はやっと口を離した。そして、真っ赤な口元をぐい、と手の甲で拭って言った。
「誰かに言い寄られんじゃないかと思って、気が気じゃないの、俺は!欧介さん、押しに弱いし!」
「……ひとこと多いよ」
欧介も自分の口のまわりを拭いて、律の手を引っ張った。
どすんと欧介の膝の上に後ろ向きに座らせられ、律は焦った。
「なに、なに、ちょっとっ」
「そっちこそわかってないみたいだから言うけどさ……」
欧介の手が律のウエストをぎゅっと抱きしめる。顔をぎりぎりまで近づけて、低い声で欧介は言った。
「俺が律以外と浮気するなんて、本気で思ってんの?」
「…っ…だって…最近欧介さんなんかエロいし…」
「それは誰のせいでしょうね……回数減らす?」
「……やだっ」
律は欧介の膝の上でぐりん、と顔だけ振り返った。もう一度濃厚なキスをして、律は立ち上がった。
欧介の両腕を取って立ち上がらせ、せっかくボタンを留めたシャツを左右に開いた。それを脱がせていきなり乳首に唇をつける。びくん、と欧介の胸が痙攣する。律の赤い舌が淫靡にうごめく。
「…ちょっ……律、飯は…っ?」
「後で食べる!もう……俺やばい」
「せめてラップさせて!乾いちゃう!」
「主婦か!」
笑いながらも律は着々と欧介の服を一枚ずつはぎ取ってゆき、結局ベッドに行き着くまでに二人分のシャツと、デニム、パンツが点々と散らばる道が出来た。
「律……嬉しいよ」
「…え?」
「俺、愛されてるなあって……いっぱい嫉妬して?」
「……バカじゃないの」
「うん………っぁんっ……」
キッチンのパスタは食べてもらえず、夕食にスライドされることとなった。
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