星降る夜の世迷言

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 片手にランタンの灯りひとつ。それだけがおのれの存在証明だ。自分が生きているという。自分が今ここにいるという。  あたり一面の砂に足をとられつつ進む。昼間はあれほど熱を吸って陽炎を立ち昇らせていたのが嘘のように、夜にくるぶしまで沈みこむ感触はひんやりとしている。水平を保って持ち上げると、さらさら、と音を立てて、足の甲から砂はこぼれていく。まとわりつかないのも砂の優しさか。  この旅路には目印となるような建造物も何もなく、ただ荒寥とした砂の大地が広がるばかり。自分の足取りが正しいのかさえわからない。頼みの綱は、壊れかけの方位磁針と、すれちがう隊商から伝え聞く情報と、星が示す方角のみ。〈星解き〉として得た知識をこういったかたちで活かすことになるとは、リトはつゆほど想像もしなかった。  星を解く。それを生業とすることをリトは誇りに思っている。たとえそれゆえに、生まれた国を追われる身になったとしても。  星にまつわる新たな知識、正しい知識を求めて、リトの旅路は尽きない。  遠くにちらちらと揺らめく灯りが見えた。星はあんなふうに光らない。生き物のようにうごめき、強烈に目を焦がす。不寝番(ねずのばん)が夜通し見守る焚火だと気づいたとき、リトはしぜんと駆け足になった。つまり、集落が近いということだ。  不寝番にナソワ村はこのあたりかとその地域の言葉で訊ねる。不寝番が不審そうな表情で素性を問うので、リトはかの国から来たことを告げ、日除けに被っていたマントの下から鷲の頭の紋章を刻んだ銀時計をのぞかせた。鷲の頭の紋章はアルタイル修道会のお膝元の証し。そしてその銀時計が〈星解き〉の養成と修練を積み、星神様の敬虔なるしもべとして認められた者だけが授かるといわれる逸品にそっくり(ヽヽヽヽ)で、不寝番は態度を改めると長老に一報を走らせた。  ナソワ村。ようやくたどり着いた。リトはマントの陰でひそかに笑う。  その村では、夜、星が啼くという。その噂を聞きつけて、遠路はるばるやって来た。
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