幸せの代償

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幸せの代償

 鎖は少し動いただけでも音を立てる。冷たいたく、とても重い。栄養が足りていない体を縛るには十分すぎた。  座っていることをあきらめてから一体どのくらいの期間が経ったんだろう……。  床に這いつくばる僕に男はペットを愛でるような笑顔で、目の前にある皿に牛乳を注いでいく。たったそれだけのものでも、今の僕には重要な生きるための栄養。  必死に皿の隅まで舐めるようにそれを飲む僕を男は本当に楽しそうに眺めていた。  そして飲み終わり、汚れた僕の顔をほんのりと暖かなタオルで拭いていく。昔、子猫を拾ったときのことを思い出さずにはいられない。僕はこの男のペットなんだ。  そんなに広くもないワンルーム。物は少ない。だから、男がどんな人間なのは早いうちにわかった。何故なら特徴というものが殆どなかったから。  着ている服はすべてスーツ。朝が来ると出かけ、夜が来れば帰ってくる。時折電話があると出ていく。  初めは男が出かけた隙に逃げようとしていたけれど、男のことがわかるにつれ僕はそれを諦め、むしろ彼が居なくなることが恐かった。  彼は帰ってきたときに僕がどんなに汚れていても嫌な顔一つせずに、傷を手当てして、綺麗にして、誰よりも優しく頭を撫でてくれるんだ。  そんな生活が始まって男がカレンダーをめくった頃、僕は外に連れ出されることになる。 「やっと、ご家族がお金を払ってくれましたよ」  縄で両腕を縛られ横たわらされた床は冷たく、震える中意識が遠退き、目覚めたときにはベッドの上にいた。そこが病院だということはすぐにわかった。  僕は刑事から学校帰りに誘拐され、山小屋で監禁されていたということに間違いがないか尋ねられ、頷く。  刑事は一枚の写真を見せてきた。特徴のない顔の男の写真。  迷いを見せてから、刑事達は部屋に一人の警官を招き入れ、その警官は複雑な表情で自分が無理に追いかけたせいで犯人が自殺してしまった。と言う。  だから、僕は震える手を抑え「その男が犯人です」と答える。  久々に再開した父に僕はあるお願いをした。あの犯人を見つけた警官を自分為に雇ってくれないかと頼んだ。  警官はすんなりとその申し出を受け付け、病院にいる間から警備について、世話を焼いてくれた。彼は見慣れた笑顔で笑う。 「また一緒に暮らせますね」
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