空の星喰う生物達

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空の星喰う生物達

 この世界の住人は知らないことが多い。それは何故だろうか。答えは簡単で『知ろうとしないから。そして、仲間はずれがこわいから』。  かつて、ガリレオ・ガリレイが唱えた真実を受け入れる人はいなかった。今では考えられない程に当たり前のことなのに――。  灯台しかない小さな島。その灯台の屋上では年端も行かない少年がひとり、眩しそうに夜空を見上げていた。  夜空の満月は少年の顔と波打つ海をキラキラと太陽のように暖かく照らす。夜空を見上げる少年は学校に行く前の年齢だが、この世界の真実についてよく知っている。  心地よく聞こえる波の音。少年はよく理解している。知りたいと願った為に。仲間外れを恐れなかった為に。自分がどれほど小さな存在なのかを。それを知ったうえで大きな世界を見上げ、鼻歌を歌う。  そんな少年の小さな世界の小さな変化。  屋上の扉が開く音に振り替えればそこには青年が立っていた。 「にぃちゃん」  嬉しそうに少年は笑う。兄と呼ばれた人物は扉を閉めながら、モチモチとした白いパンのような真ん丸な球体を持っている。  色は灰色の中に黄色を薄く混ぜ込んだというような色味で何か見覚えのある模様のようにまだらだ。  青年は片手ながらもそれ落とさないようにしながら、疲れた顔で満月のきらめく空を見上げた。  少年が駆け寄ると、細長いが少し皮が厚そうな、汚れがついたままの大きなてのひらで頭をなでる。 「できたの??」  球体を覗き込む少年に「あぁ」と小さく答えた青年はゆっくりとしゃがんでから、少年に球体を受け渡す。壊れ物を扱うように少年は両手で球体をしっかり抱え込む。  二人は再び夜空を見上げる。 「間に合ったみたいだな。できれば今夜くらいはこのまま食べられないと助かるんだが」  溜息を吐いている青年の顔にあたる月光を厚い雲が遮っていく。  先ほどまできらめいていた世界は、暗闇の方が多くなり、人工的な灯台の明かりだけが唯一の明かりなのではないかというに周囲を照らす。  とくに会話をするわけでもなく、その厚い雲が通り過ぎるのを待つ兄弟。巨大な獣が通り過ぎるように、細く残った尾のようにも見える雲も消え去ったとき夜空では強い光に遮られることがなくなり、星達が楽し気に話を始めていた。  どこを見回しても、眩しかったほどの満月はない。 「さいきんは月がなくなるのが早いね。またライオンさんが食べちゃったのかな??」 「かもしれないな。でも、これじゃ徹夜で作っても製造が追いつかないよ」  うなだれる青年に少年は「にぃちゃんの作る月はおいしそうだからしかたない」と笑う。  少年が屋上の端、海がすぐ真下に見える場所に移動すると青年は扉の方に近づいて、壁についている操作盤を開いて、ボタンをいくつか押す。  30秒ほどすると灯台の明かりが消えて星明りだけの世界になった。  少年はタイミングそれを確認すると、手に持っていた球体を海に向かって投げる。特別に何か音が聞こえるわけでもなければ、波の音が変わるわけでもない。  けれど、少年の手から投げられた球体は波にのまれながらゆっくりと光だし、それは大きく広がっていく。  それは波で歪みながらも空の月を映しているようで、段々と遠くに流れていくと海と空の境目が完全にわからない辺りから球体だったものは波をたゆたうように空に昇っていき、15分も立たないうちにまた空で輝き始める。  先ほどと一切違いのわからない、満月。兄と弟は一仕事終えたというようにその空を見上げ、灯台の明かりを再び点けた。 「やっぱりにぃちゃんが作る月は綺麗だね。それにおいしそう!!」  少年が笑うと青年はあくびをしながら「美味しくはなくていいんだけどな」と言い灯台の中へ帰っていこうとする。 「あ!! オリオン座が一つ食べられてるよ!!」  夜空を指さす少年に青年は振り返ることもせず「管轄外」とだけ言葉を残して去っていった。  一瞬口をとがらせる少年だったが、また夜空を見上げ適当な歌を口ずさむ。  誰もが認めないけれど、この世界の空には沢山の星を喰らう生き物が住んでいて、でもそれすらもっと大きな星を喰う生き物の腹の中の出来事だったりする。  でもこれは知っている必要がある人だけ知っていればいい話。  私はそんなことを考えながら《オリオン座(わけあり)》と書かれた瓶の中身を口に投げ込んで、のんびりと満月のようなパンにかじりついている友人に手を振るのだった。
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