バケモノの贈り物

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バケモノの贈り物

 むかしむかし、レンガ造りの街に子供を食べるバケモノがいました。  そのバケモノは子供をみつけるとお菓子をあげたり、おもちゃをあげて子供がよろこんだ瞬間にパクリと頭から食べてしまうのです。大人がどんなに注意をしても、子供達はお菓子やおもちゃの誘惑にはさからえません。そうして街からは次々と子供が消えていきました。  そんなある日のことです。  バケモノは街外れのお屋敷の前をとおりました。その大きな屋敷の窓からは可愛らしい女の子が顔をのぞかせていました。 『なんて、美味しそウ、な、子供、なんだろウ』  ゴクリとバケモノは唾を飲み込みます。  そのお屋敷の玄関ドアをバケモノがノックしようとすると、叩く前にドアが開きました。中から出てきたのはさっきの女の子。  女の子は静かにバケモノのことを見上げます。間近で見た女の子はより美味しそうでバケモノは驚きつつも、再びゴクリと唾を飲み込み、いつものようにお菓子を差し出します。だけど、女の子は表情一つ変えずにバケモノの顔をジッと見つめるだけでした。  おもちゃも差し出してみたけれど、女の子は自分の顔を見つめるだけだったのでバケモノは背中を丸めながらトボトボと帰っていきます。 『アの女の子、やっぱり、美味しそウ、だった、な』  諦めきれなかったバケモノはカバンいっぱいにお菓子とおもちゃを詰め込むと再び女の子のお屋敷に向かいます。女の子は昨日と同じように窓から外を眺めていました。  またバケモノがドアをノックしようとするとその前に扉が開き、女の子が出てきます。バケモノはカバンいっぱいのお菓子とおもちゃを女の子に差し出しました。でも、女の子は表情一つ変えずにバケモノのおぞましい顔をマジマジと見つめるだけ。  あまりにも女の子が街の子供達とは違う反応をするのでバケモノはだんだんと不思議な気持ちになっていきます。 『どウして、アの子、は、泣きも笑イも、しなイのだろウ』  家に帰ってからもバケモノは女の子について悩み、もっと知りたいと考えました。  次の日もバケモノは女の子のお屋敷に行きましたが、やっぱりノックをする前に出てきて、何も受け取ろうとせずにバケモノが帰るまでジッと見つめるだけなのです。  バケモノは上手く喋ることができないので、言葉を口にするのがとても嫌でした。けれど、女の子が一体どうしたら笑ってくれるのかを知りたくて仕方がないのでバケモノは女の子に質問をすることにします。  次の日も同じように玄関から出てきた女の子。 「オ菓子、は、嫌イ??」  バケモノの言葉に女の子は首を横に振ります。 「オもちゃ、は、嫌イ??」  再び女の子は首を横に振り、いつものようにバケモノの顔をジッと見つめました。  お菓子もおもちゃも嫌いではないのに笑わないなんてどうすればいいのか、バケモノはさらに困ってしまいます。 「きみ、は、なに、が、好き??」  困ったように質問すると、女の子は改めてバケモノの顔をジッと見てから真っすぐバケモノを指さしました。  バケモノがその指先を見つめると、そこには宝石がキラキラ光るブローチが付いています。  女の子は子供の喜ぶようなものでなくて、アクセサリーのような大人が喜ぶものが好きだったのかと思ったバケモノは、嬉しくなっていつも敷地内から出ていくまで自分を見ている少女に遠くから手を振ってお屋敷をあとにしました。  次の日、カバンにブローチや髪飾りなど沢山のアクセサリーを詰め込んだバケモノは軽い足取りで出かけていきます。 『やっと、アの子、が、食べれる、ぞ!!』  そう思っていたのに、カバンの中の沢山のアクセサリーを見ても女の子はいつもと同じ反応で、バケモノは自分の胸のブローチを外して差し出してみましたが、押し戻されてしまったのです。  一体何が違ったのかわからないまますごすごと帰ろうとしていたバケモノですが、女の子はそんなバケモノの服のすそを引っ張って引きとめました。  バケモノは女の子に引っ張られるまま歩くと、連れてこられたのは中庭。そこにはテラスがあり、テーブルの上には綺麗に並べられた二人分のティーセットが。  無理矢理に椅子に座らされ、おっかなびっくりなバケモノの前に女の子は不器用そうにポットからティーカップにただのお湯を注ぎ、ガチャリとお湯を飛び散らせながら置きます。  女の子がいつもより真剣に見つめるので、そのお湯を一口飲んで「オイしイよ」というと、女の子はいつもの無表情な顔に戻って自分も同じようにお湯を飲み始めるのでした。  家に帰ってからバケモノは、とても悩みます。  どうして女の子はアクセサリーを喜んでくれなかったのか、どうしてお茶会の真似ごとに誘ってきたのか、どうしたら笑ってくれるのか。  次の日、持っていくものは思いつかなかったもののバケモノはお屋敷に向かいました。  扉の前に立ってもいつものように女の子は出てきません。扉をノックしてみても誰も出てこないので、バケモノは帰ろうと思います。  けれど昨日の中庭が気になったので、少し覗いてみることにしました。  中庭のテラスには昨日のようにティーセットが並び、女の子が座っています。バケモノが来たことに気が付くと女の子はまたバケモノを椅子に座らせます。  昨日と同じように不器用そうにポットからお湯を注ぐと再びガチャリとカップを置くので、バケモノは少しずつ女の子にカップの置き方やお湯の注ぎ方を教えてあげました。  次の日も、次の日も中庭でバケモノは女の子にお茶会の作法を教えます。女の子は一週間程で美味しいお湯ではなく、お茶を入れられるようになり、バケモノは少しだけ女の子の表情に変化があることに気が付くようになったのです。  バケモノの持ってきたお菓子と女の子の入れたお茶で二人だけのお茶会をするようになり、バケモノは改めて少女に質問をします。 「きみ、は、なに、が、好き??」  女の子は前と同じように、バケモノの胸を指さしました。バケモノがそこに手を当てると、トクンと何かが跳ねます。  同じように自分の胸に手を当てている女の子の瞳はいつもよりキラキラと輝いてみえました。  女の子を喜ばせるものがこんなに近くにあったのだと気が付いたバケモノは、嬉しくなって女の子に『また、明日』と笑い帰っていきます。  ――――次の日の朝、女の子はいつもより早く起きて、テラスの準備をするために中庭へ出ました。でもテラスのテーブルの椅子にはすでに大きな人影が。  女の子は驚きながらも嬉しくなってテーブルに駆け寄り、バケモノの顔を覗き込みました。バケモノはとても幸せそうな顔で笑っています。  それはどんなに美味しい子供と食べたあとよりも幸せそうな笑顔。バケモノはいつのまにか女の子を食べることを忘れて、ただただ喜ばせることだけを考えるようになっていたのです。  テーブルの上には大きくも小さくもない、可愛らしくラッピングされた箱に手書きのメッセージカード。 《君が欲しかった物。喜んでくれた??》  女の子にはその箱の中身が何なのか、開かなくてもわかりました。  バケモノの手を握り締めると女の子はポロポロと大粒の涙を流しながら大声で泣きます。夕焼が差し込むころにはテラスは赤い雫でびしょぬれになっていたそうです。  その日から街で子供を食らうバケモノの話は聞かれなくなり、誰もがそんなバケモノがいたということすら忘れ、夕方になるとただただ子供の笑い声が響くのでした。  めでたし、めでたし。
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