昭和59年 某日

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昭和59年 某日

漁師町の夜は早い。 朝日が昇る前に、男達は大型船舶で、黒い油の浮いた近くの港から沖に出る。 父さんに買って貰った、ライト搭載の腕時計を見ると、緑に光る文字盤は22時に近かった。 今の時間、沖合には紅いかがり火と、疎らな街明かりが真黒な水面に反射する。 「…………」 ひとり溜息を落とすと、ガラス瓶の破片やビニール、汚い海藻が転がる砂浜を歩き出す。 仕事があるからと言って、母さんと父さんが僕を残し帰ったのは夕方頃。 別に夏と冬には家族三人、毎年父さん方のばあちゃん家に来ていたので、一人で取り残されたとは言え、居ずらいという感じじゃない。 夏休みの間中、中学生になった僕の面倒をばあちゃんに見て貰うので、父さんと、特に母さんにとっては久々に羽を伸ばせる1か月。 ── ただ子供の頃と違って、中学生にもなればさすがに駄菓子屋のアイスを買って貰ったり、市民プールに連れて行って貰ったりで無邪気にはしゃげる年じゃなくなってくる。 居間でヒマな昼ワイドショーに引き続き、夜7時からの2時間怪談スペシャル特番を見るともなしに見た後、僕はすっかり暇を持て余していた。 海に来たのにも、理由があるわけじゃない。 田舎町なんで陽が沈むと寝静まり、安っぽいピンクネオンが瞬くアダルトな小さいレンタルビデオ店がポツンと開店しているくらいで、店舗はみんな閉まっていた。 磯臭い匂い。 向かって左側の離れた場所は、氾濫避けのため一段高くなっていて、その奥は車道だ。 真っ暗な道を時々大型トラックが、ヘッドライトを放って通り過ぎていく。 サンダルから入り込む砂が冷たい。 夜目はきく方だと思うが、灯りは一切無いので水平線から上だけが少しだけ明るくて、それより下は暗いと言うより、殆ど黒に近い。 空を見上げると、都会では見られない、袋から小麦粉をバラ撒いたような星空だ。 「……あー、なんかキモっ」 顔をしかめて自分の腕を擦ると、小さく口の中で呟く。 星降る夜、と言うんだろうが、ぎっちりと敷き詰められたようなど田舎の星空を見てると、綺麗より気持ち悪さが先に来る。 見慣れないせいだろうか。 とてもそんな、ロマンチックにはなれない。 「…………っ」 ハッ、と振り向いた。 目の端で一瞬、車とは違う強い光が閃いた。 反射的に身構える。
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