第一眼 千里眼を持つ少女

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 灯篭や紅葉が並ぶ日本庭園の中を、びゅうっと小さな木枯らしが舞った。  苔の上に落ちた枯葉を見ながら、千鳥は自宅の縁側で一枚の紙を広げた。 「一つ星学園高等部のご案内」と書かれたその紙は、中等部の三年生に配られる案内だ。  季節は冬に差し掛かろうとしていた。中学三年生である千鳥も、勿論高校生にならなくてはならないため、こうして案内が来たわけだ。  だが、千鳥は案内に書いてある通り進学するつもりでいたが、なんとなく思い止まっていた。深い考えはないが、気乗りしなかった。  ────まぁ、考えたところで仕方ないよね。  紙を机の上に置いて、千鳥は大きく伸びをした。  やがて足音が聞こえてくると、開け放たれた障子からさらりとした黒髪が覗いて見えた。 「姉さん、それって高等部の案内?」 「千鶴(ちづる)……うん、そうだよ。もう十月だからね。そろそろ考えなくちゃ」 「考えるったって私達はどうせそのまま上がるだけでしょ?」 「そうなんだけど……」 「もしかして、何か見えたの?」 「ううん、そういうわけじゃいの」 「いいなぁ、姉さんは。私なんて見えたり見えなかったりだから肝心な時に役に立たないのよ。ほんと、嫌になっちゃう」  千鶴はあーあ、と言いながら大きく溜息をつく。  千鶴はれっきとした神宮寺家の嫡女で千鳥の妹だが、千里眼の力の大小は個人差があり、千鶴は力の弱い方だった。  千鶴はそれを卑下しているようだが、ないならないで幸せだと千鳥は思っていた。 「そんなことないよ。面倒なパーティにも行かなくて済むじゃない」 「それもそうね。私頼まれても行きたくないもの番付があるならパーティは三本指の中に入るもの」  千鶴はケラケラと笑った。  千鳥とは違い、千鶴の性格は少し勝気で男勝りなところがあった。  だが、家族思いで優しい性格だ。何事もハッキリと言う、あっけらかんとした所が千鳥は好きだった。 「姉さん、今日休みでしょ? 母さんのお見舞い行くよね?」 「あ……そうだね。そんな時間か……」 「送迎の車頼んでくるね」  千鶴は足早に部屋から出て行った。  千鳥と千鶴は、唯一の肉親である母親が入院しているため、この大きな日本屋敷にたった二人で暮らしていた。  大きな家に二人だけだとなかなか寂しいが、元々家族は多くなかったし、父親は早いうちに亡くなったのですっかり慣れた。  用意を済ませると、千鳥は玄関口へ向かった。  千鶴と共に送迎車に乗り込み、いつものようにぼんやりと車窓を眺めた。 「母さん元気かな」  同じく窓の外を見ながら、千鶴は気遣わしげな表情を浮かべた。長いこと入院している母親が気になるのだろう。 「大丈夫よ。この間も調子良さそうだったし、お医者様の話じゃもうそろそろ退院して自宅療養に切り替えてもいい頃だって」 「そうだけど……母さんが帰ってきても────」 「千鶴」  千鳥は静かに千鶴をたしなめた。  千鳥が首を振ると、千鶴も諦めたように顔を下に向けた。  こんな生活を続けてもう何年目に入るだろう。  母、千早(ちはや)が入院し千鳥が家督を継いでから、千鳥は母の代わりにその役目を果たさなくてはならなくなった。神宮寺家の跡取りとして────。  普通の人間と同じように生活できるはずなのに、それが出来ない。  神宮寺家は多数の業界の有力者達によって保護されていたが、それは体良く囲おうとしているだけにすぎない。  時代は変わり、能力こそそのままだが神宮寺家の生活は大きく変わった。いい暮らしと敬われる身分の中で、千鳥は息がつまる思いを強いられていた。  だが、それに抗う勇気はない。  千里眼を持ち、日本中のありとあらゆることを知ることが出来ても────自分の未来だけは、一向に見えなかった。  それが千里眼の唯一の弱点とも言えるだろう。  流されるまま学校に通い、多額の金を貰って他人の未来を見る。そこに自由はなかった。
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