第一眼 千里眼を持つ少女

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第一眼 千里眼を持つ少女

 今から千年以上前のことだ。  平安時代、当時隆盛を極めていた藤原一族がなぜ政治の実権を握るほど巨大な力を得たか────その真の理由は学校の教科書には載っていない。  また、時代を変えれば平安後期の頃。劣勢だった源氏がなぜ巨大な平家に打ち勝つことが出来たか────。  そして戦国の世。うつけと呼ばれた織田氏が天下統一目前まで到達し、豊臣氏、徳川氏が天下人になった理由────。  その陰にどんな一族がいたか、今の日本にそれを知るものは極僅かしかいない。 『神宮寺(じんぐうじ)一族』  その系譜は平安時代まで遡り、古くは天皇に仕えていたという記録がある。彼らは決して表に出ず、世間で騒がれるような存在ではない影の暗躍者だ。  だが、その存在は帝をはじめ、有力貴族達に頭を下げさせるほど凄まじいものだったという。  なぜ彼らがそのような地位を築いたのか。それは、神宮寺家だけが持つ特別な力によるものだとされた。  「千里眼(せんりがん)」と呼ばれるその能力は、遥か遠くの景色を見通し、未来を予知することができた。神宮寺家はその能力で、時代の先駆者達の手助けをしていたとされる。  そして今、現代でも神宮寺家はその能力を使いひっそりと生き続けていた────。  神宮寺千鳥(じんぐうじちどり)は真っ黒な車体の窓から長々と続く塀の向こうを眺めた。  塀の向こうにそびえ立つ建物は、都内でも有数のお金持ち学校、一つ星(ひとつぼし)学園中等部の校舎だ。  宮殿を思わせる豪華な造りは、世界的に有名な建築家が設計を担当したそうだ。その校舎の周りには、建物の外観にふさわしい立派なヨーロッパ風の庭園があった。  一つ星学園は政治家や社長子息令嬢を始め、芸能人の子供などのVIPが通ういわば勝ち組二世の通う学園だった。  やっと長い塀を越え、大きな金の門扉の前にたどり着いた車は、音も立てず静かに停車した。  千鳥は白い制服のスカートを押さえながら、車から足を出した。門扉前の警備員にすっとお辞儀をして門の中へ入ると、登校したばかりの生徒たちが振り返り、千鳥に挨拶する。 「神宮寺さん、おはようございます」 「神宮寺さん、おはよう!」  笑顔を返しながら千鳥は自分のクラスへ向かった。  千鳥は一つ星学園中等部の三年生だ。この中等部に通うのも、もう残すところあと数ヶ月となった。  エスカレーター式のため、何もしなくても簡単な試験だけ受ければ勝手に高校に入学することができる。だから千鳥は特別受験の心配をしていない。他の生徒も恐らくそうだろう。  学園外の人間は、恐らく千鳥を見たらこんなお金持ち学校に通っているのだからきっとどこかの社長令嬢なのだ、と思うことだろう。  だが、千鳥は特別お金持ちというわけでも、親が政治家や芸能人というわけでもなかった。  クラスに着くと、一人の男子生徒が千鳥に話しかけた。男子生徒は嬉しそうに千鳥に笑顔を向ける。 「神宮寺さん、先日はありがとう。おかげで取引がうまくいったって父がとても喜んでいたよ」 「ううん、お役に立ててよかった」 「今度うちのホテルのパーティに招待するよ! ぜひお礼させて欲しいんだ」 「ありがとう。その時はまた声を掛けてね」  千鳥も笑顔を向け、丁寧に返事をして机に向き直った。  こんなやり取りをしたのは一度や二度ではない。それこそ、何千回も繰り返してきた。  神宮寺家は特別な一族だった。その祖先を辿れば平安時代に遡り、並の名家など比べ物にならないほど由緒ある家柄だ。  だが、神宮寺家は既に没落しており、当時のような華やかさはない。  現在神宮寺家に連なる人間は、現在当主である神宮寺千鳥と、その母親、そして妹しかいない。  千鳥の父親は数年前に事故死しており、母親は存命だが、体の具合を悪くして入院していた。  そのため千鳥が家業である仕事を引き受け、学園で政治家や芸能人の子息たちに頭を下げられる毎日を送っていた。  それもこれも、千鳥が全てを見通す力、千里眼を持っているからだ。  神宮寺家は今も昔も有力者達の御用達だ。千里眼の力があれば、自分の未来がわかる。危険を回避できる。  その力で今まで歴史に名を残した数々の著名人を助けてきた。総理大臣でさえ、神宮寺家の存在を知っている。  神宮寺一族は、この学園────いや、国にとって特別な存在なのだ。    面白くなさそうなパーティに想いを馳せながら、千鳥は窓の外に視線を向けた。空には鳥が優雅に舞っている。  そんな当たり前の光景に憧れを抱きながら、千鳥は誰にも聞こえないようにため息を吐いた。
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