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4月 桜舞う☆心ときめく出逢いの季節 美波&要
久喜美波(クキミナミ)
リビングのソファに座って、時計を睨む。時刻は5時。
遅い。4時頃に到着するって聞いていたのに。
落ち着かない気持ちで、ずいぶん前から時計とドアを交互に睨みつけている。
今日から始まる高等部での生活。新しい寮の部屋、新しい校舎。だけどどうせ今までと何も変わらないんだろう。そう思っていた。
環境が変わっても中等部からただ引っ越してきただけだ。見かける顔は同じで、みんなが僕を同じように思っている。
いや、それも違う。誰も僕のことを考える人なんていない。
そしてそれは僕が望んで手に入れたことだった。
毎日授業に出て、自室に帰って本を読んで過ごす。心地のよい毎日。中等部の途中から一人部屋になったおかげで僕はルームメイトとのいざこざもストレスもなく、自分のペースで生活できた。
それが今日、終わる。
今日からルームメイトとの共同生活が始まる。
それも、今年一人だけいるらしい外部入学生だ。
学園以外の場所からやって来る人との共同生活。正直たまらなく不安だ。
じっとりと手のひらに汗をかいて、心臓がどきどきする。大丈夫、僕はあの頃とは違うんだ。
洗面所で顔を洗って鏡を覗き込む。
長い前髪からぽたぽたと雫が落ちる。こちらをじっと見据える冴えない男。顔を半分覆うような前髪に重い印象の黒髪。そのせいで影になっている切れ長の目。
そこにはいつもの僕がいた。
身長もずいぶん伸びたしあの頃とは違う。だから大丈夫なんだ。
そう自分に言い聞かせて顔をタオルで拭うとソファに戻って読みかけの小説を手に取る。
でも、意識が完全に昔に引き戻されてしまったみたいだ。
僕は小さな頃から、華奢で色白でよく女の子と間違われていた。それは中等部に入ってからも同じだった。
唯一の取り柄は水泳で、子供の頃からスイミングスクールに通っていたしいくつか賞も取った。
僕に美波と名付けたお祖父様は、名前の通りだ、そう言って嬉しそうに誉めてくれた。
中等部に入学して僕はすぐに水泳部に入った。僕は競技会やタイムよりも水の中にいる事が何よりも好きだった。
先輩たちも優しくて僕のフォームを丁寧に直してくれた。ルームメイトも水泳部のメンバーで毎日楽しくて、僕の初めての寮生活も中等部の生活も、上手く行っていた。
あの頃、毎日が光を受けたプールの水面のようにキラキラと輝いていた。
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