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半年後、全世界待望の新型コロナウイルスのワクチンが完成し、世界はこの戦いの勝利に沸いた。
第二波が来たらどうするんだ、という慎重派の意見を突っぱね、日本は、世界は、この勝利の証としてオリンピックをやろうというムードに流れていった。
かくして2021年4月。僕は今、横浜のど真ん中に立っている。
「父さん、もうすぐだよ」
「おう。しっかり頼んだぞ」
車いすから父さんは僕の顔を見上げてにっと笑った。その両手には、大事そうに桜型のトーチが握られている。
心配された聖火ランナー参加だったが、聖火というのはオリンピック・パラリンピック共通のものだということもあり、車いすで参加することについては何の支障もなかった。ただ、聖火を片手で持って片手で車いすを操縦するのは難儀な人もいるということで、車いすを押す同伴者を一人つけてよいというルールがあった。
――父さん、その同伴者っていうの、僕にやらせてくれないかな。
僕の発言に、父さんが目を丸くしてたいそう驚いたのは言うまでもない。でも、「もちろんだ」と二つ返事で了承してくれた。
遠くから徐々に歓声が聞こえてくる。テレビでクラスメイトに見られたら、明日学校で何を言われるやら。いや、皆オリンピックの聖火リレーなんて興味ないだろうから、テレビも見ないんだろうな。
もったいない、と今なら思う。
この東京オリンピックは、単なる東京でやるオリンピックじゃない。五十七年分、いや、八十一年分の思いが詰まってる、特別なオリンピックなんだ。参加しなきゃ、楽しまなきゃ損だ。
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