40642021ーTOKYO Olympics

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  「じいちゃん達、遅いなあ」    父さんの言葉に、僕も沿道の人たちに目を凝らした。そう、今日はじいちゃんと母さん、姉ちゃんも沿道から僕たちの走りを見に来る予定だったのだ。じいちゃんは、顔や口には出さなかったけど、きっとものすごく楽しみにしてたに違いない。 「正確な場所は事前にわからなかったしね。なんとか間に合ってくれればいいけど」  歓声が大きくなってきた。もうすぐ、本当にすぐ、僕たちの番がやってくる。 「賢治ー!拓真ー!しっかりやるんだぞー!」  沿道から声が聞こえた。じいちゃんの声だ。声の方を見やると、人ごみをかき分けてじいちゃん、母さん、姉ちゃんが現れたところだった。名前を呼ばれた父さんは、じいちゃんたちに顔を向けてにっと笑ってトーチを少し高く掲げた。 「やっと見つけたわあ。拓真!お父さん転ばすんじゃないわよ!」  姉ちゃんが活を入れる。僕の方は声を出すのが少し恥ずかしくて、口パクで「わかってるよ」と答えた。  やがて僕たちと同じTシャツを着た人たちが走ってくるのが見え、ついに聖火が目の前に到着した。  前のランナーさんは少し屈んで父さんの持っているトーチに火を近づけた。父さんがトーチを傾けると、ボッという音と共に、聖火が灯った。  僕はふと沿道のじいちゃんを見た。じいちゃんは、力強く僕に頷いてみせた。  じいちゃん、いや、昭三。  僕も見せるよ。君に、父さんに、僕の勇姿を。  僕は車椅子のハンドルをぎゅっと握った。 「父さん、走っていい?」 「ああ、思いっきり行け!」  行くよっ!と声をかけ、僕は走り出した。父さんは「はははっ!こりゃあ最高だ!」と上機嫌に笑っていた。  距離にすればたった二百メートル。僕たちにとってはたった二百メートルだけど、この道は、あの頃から、もっと昔から、バトンが受け継がれてきた道なんだ。  2021年、三度目の東京オリンピックが、ついに始まった。
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