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春先に延期が発表された東京オリンピック。父さんは聖火ランナーとして走る予定だった。なんでも、じいちゃんが五十ウン年前の東京オリンピックの時に聖火ランナーをやったらしい。それが相当思い出深かったらしく、父さんは子供の頃から「次に東京にオリンピックが来るようなことがあったらお前も聖火ランナーをやりなさい」なんて言い聞かされて育ったそうだ。ほとんど洗脳だよな。
父さんはその洗脳の甲斐あって聖火ランナーに応募し、見事当選権を勝ち取った。ちなみに僕も誘われたが、丁重にお断りした。
東京オリンピックなんて、迷惑以外の何者でもないと思ってたんだ。外国人が押し寄せて電車も道路も混むし。税金だっていっぱいかかってるらしいじゃないか。
別にオリンピックが嫌いなわけじゃない。涼しい部屋でテレビを見ながらよっしゃー!金メダル!とか騒ぐのは好きだ。時差の関係で深夜の観戦になるのも、非日常的で悪くない。
だから、別に東京でやる必要は微塵もないと思っていた。学校でも、大方のクラスメイトがそんなことを言っていた。聖火ランナーに応募だなんて、友達にバレたら「え、お前って意識高い系?」なんていじられること請け合いだ。
父さんには悪いけど、最悪来年中止になってしまっても別に構わないと思った。何たって、今世界はオリンピックどころではないんだし。
そんな僕の思考を見透かしたかのように、父さんは言った。
「なんとか、コロナが収まって、来年はやって欲しいなあ、オリンピック」
「うん……そうだね……」
父さんが熱を込めて言うのに対して、僕は冷めた調子で言った。
車が動いた。順調に日本橋の下を通過しようとする。その時だった。
ガッシャンとすさまじい音がした。
僕は、意識を失った。
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