第一章 ~深紅の瞳に囚われて~

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 祖母エヴァンジェリンの言いつけ通り、夕刻にはミーティアへ帰ってきた。  結局、良い安眠グッズを見つけられなかったので、翌日にクリスタの父親の診察を受けることにしたのだ。  その日の夕食は、ロザリアとエヴァンジェリンの他に、クリスタの一家や祖母と親しい人達を招いてちょっとした晩餐を開いた。  ロザリアの誕生日ということもあって、料理はいつにも増して豪華なものが振舞われ、特大のバースデーケーキも用意された。  魔導士や魔女にとって、十八歳は一人前として認められる年齢であるため、多くの家庭でこうして盛大に祝う風習が昔からあるのだ。 「ロザリアもついに十八か。早いもんだねぇ」  祖母に師事していた魔導士エイダは、感慨深げにロザリアの頭をくしゃっと撫でた。 「エイダさん、恥ずかしいからやめて」 「ごめんごめん。あたしにとって、あんたは妹みたいな存在だから、つい小さかった頃と同じ感覚で接しちゃうんだよね」 「もう……」  十八歳になっても子供扱いされて複雑な気分だが、相手が幼い頃からよく面倒を見てくれた人なのでつい許してしまうのだった。 「ところでエイダ、今夜も実家には顔を出さないつもりなの?」  エヴァンジェリンに尋ねられるなり、エイダは気まずそうに苦笑いを浮かべた。 「帰ったところで兄と喧嘩になるのは目に見えてますし、死んだ両親もあたしが帰ってくるのを望んでない筈ですから」  エイダも名門家の生まれだが、十七歳の時に普通の人間と交友関係を築いているのが両親にバレて、一族の顔に泥を塗った恥さらしとして勘当されたのだ。  それ以来、エイダは故郷から遠く離れたリーブスという地方都市で、バーを経営しながら暮らしている。 「それより、先月はあたしの誕生日を祝いに、わざわざ来て下さってありがとうございます。エヴァンジェリンさんも、もうお年なので無理をなさらないで下さい」 「あら、私ならまだ大丈夫よ。それに、動けるうちにきちんと動いておかないと」 「あなたらしいですね。前に地元のごろつき共に絡まれた時も、あっさり返り討ちにしてましたもんね」  二人の楽しげな談笑を聞いていると、同い年の青年ルーネスが声をかけてくる。 「や、やあ……ロザリア」  ルーネスは笑顔を浮かべていたが、どことなく緊張した様子である。  少し離れた所では、彼の弟妹がなぜか顔を合わせて笑っていた。 「君のためにドリームキャッチャーを作ったんだ。その、君を悪夢から守れたらいいなと思って……」 「ありがとう、ルーネス」  ロザリアがわずかに微笑むと、ルーネスはなぜか赤面して決まりが悪そうに離れていく。  それから彼と入れ替わるように、今度はクリスタが声を潜めて話しかけてくる。 「ルーネスったら、やっぱりあなたに気があるみたいね」 「そう……なのかしら?」  ロザリアが首を傾げていると、クリスタは呆れた様子でため息をつく。 「もう、ロザリアも鈍いんだから。あの態度からして一目瞭然じゃない」 「仕方ないでしょう。私、恋愛なんてしたことないんだから」 「何言ってるのよ。ついさっき、恋に落ちたばかりでしょう」 「やめてよ、こんな時まで……!」  羞恥からうろたえるロザリアを見て、クリスタはますます可笑しそうに笑う。 「このこと、ルーネスに知られないようにしないとね。心配しないで、私はロザリアがあの男性と一緒になれるよう応援するから」 「結構よ」  妙に張り切るクリスタについていけず、ロザリアはたまらず辟易してしまうのだった。  晩餐がお開きになったのは、夜の十時を過ぎた頃である。  後片付けを終えて入浴を済ませ、就寝前にホットミルクを飲んでいると、祖母が向かいの席に座って話しかけてくる。 「外出先で何かいいことでもあったの? 帰ってきた時、今まで見たことないぐらい表情が輝いていたわよ」 「え? 別に何もなかったけど……」  特段、いつもと変わらなかったと思う。  両親を殺されて以来、ロザリアは感情を表に出すことがほとんどなくなった。そのため、愛想のない娘だと陰口を叩く者も少なくない。  訝しむロザリアに対し、エヴァンジェリンは意味深に微笑んだ。 「本当? 昔、あなたのお母さんが恋をしている時の表情に、よく似ている気がしたのだけど」 「!?」  ロザリアは恋という単語に過剰に反応し、危うくカップを落としそうになってしまう。 「ロザリア、大丈夫?」 「ええ、大丈夫よ……」  ロザリアはどうにか平静を装って答えるが、動揺のあまり手が微かに震えていた。  もう少しゆっくりしていたかったが、いつまでも普通でいられる自信がなくてホットミルクの残りを一気飲みした。  それからカップを洗って片付けるなり、祖母に就寝の挨拶をして逃げるように自室へと戻る。 (私、一体どうしてしまったのかしら……?)  まるで吹きすさぶ嵐のように、心がざわめいており動揺が止まらない。同時に、昼間会った男のことがなぜか頭から離れなかった。  こんな状態に陥るのは生まれて初めてのことだ。  ――クリスタや祖母の言う通り、自分は本当に恋をしているのだろうか。  それは喜ぶべきことなのかもしれないが、ロザリアにはどうしてもそれができない。  誰かを愛することで、何らかの形で失ってしまうのではという恐れが拭えないのだ。 (お祖母様とクリスタがいてくれるだけで充分なのに……)  しかしその一方で、あの美しくも野性的な男に思いを馳せる自分がいたのも事実だ。  ロザリアの心は一晩中、様々な感情が渦巻いていた。
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