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「紗英、お前さぁ、電車の中で顔のマッサージなんかするなよ。こっちは、笑いをこらえるのに必死だったんだぞ」
土曜日だというのにスーツ姿の史君は、ククッと笑うと額にかかった前髪を掻き上げた。
「やだ、見られてたの?! 恥ずかしい……」
「まぁ、俺以外はみんな寝てるか、携帯いじってるかで、誰も気がついてはないと思うけどな。それより、今までずっと大学か? もう22時だぞ」
史君が私の格好をちらっと見ながら言う。
自分がどんな洋服だったかと確認すると、スニーカーに、くたびれたジーンズが目に入り、そのまま視線を上げていくと、しろのTシャツの胸部分にベンゼン環の六角形が描かれているのが見えた。
そうだ、確認するまでもなく、私はいつもTシャツにジーパンじゃん! とツッコミを入れつつ、おしゃれとは無縁の姿に、猛烈な恥ずかしさを覚え、Tシャツの裾を引っ張った。すると、ベンゼン環が妙に強調され、これ以上、自分に注目させてはまずいと話題を早々と変えた。
「そうそう。研究室の休みは日曜だけだからね。それより、史君こそ休日出勤?」
「ちげーよ。同期の結婚式。今年になって一気に増えて、俺、すっかりご祝儀貧乏よ。せめて同じ月に式すんのはやめてくれって言いたいね」
重そうな引き出物の袋を持ち上げて私に披露すると、史君は不満げにはぁと吐息を漏らした。微かなアルコールの香りが私の鼻をくすぐる。
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