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信忠倒れる
信長が旅立ってから、二年の月日が経った。
全国の諸大名は徐々に力を取り戻しつつあった。
そうなると当然、起こるのは権力闘争。
上杉謙信は権力闘争を嫌い隠居して、江戸に居を構えて越後と行ったり来たりの生活を行って居た。
同じく只野家の俺も隠居しているので息子の義信が頑張って居るようだ。
「相変わらず柴田勝家がうるさいみたいだな」
「まあ、何時もの事だ」
五大老に抜擢されて居る柴田勝家だが、五大老筆頭の俺を落とす為に信忠君に色々と諫言を言ってるようだ。
信長が亡くなり信忠君が柴田勝家を重用し始めてからと言うもの、調子に乗り始めてるようだ。
「それはそうと家康の動きが不気味だな」
家康は権力闘争から一歩身を引いた形で見守って居るのが不気味だ。
同じ五大老なのにだ。
「徳川は何か企んでると思うのか?」
謙信が酒を一口飲む。
「ああ、家康は何か絶対に行動を起こす。最近は半島から戻って来て上様を支えて居るように見せ掛けているしな」
柴田勝家と共謀してもおかしくない筈だ。
信忠君に注意するように手紙を送るか?
しかし、信忠君は毎日が激務だし此処は様子を見るかな?
初っ端から勝家と家康を悪と断定して動くのは流石に不味いだろうしな。
江戸からだから動こうにも動けないのは辛いな。
「御隠居様、甲斐から織田信孝様が参って居ります」
「何?本当か?ならば会おう」
何故、義信では無く俺に何だろう?
「叔父上、ご機嫌麗しゅう御座います」
そう言って信孝は頭を下げる。
「良いよ~、今日は何用で参ったので?」
「はい、柴田勝家が信濃を某から取り上げろと言って居るようなので叔父上に助けて頂きたく参上しました」
あのクソ爺…信孝を利用して俺を引きずり出そうとしてやがるな。
対立を表面化させて俺の事を危険分子扱いする為に信孝を利用しようとしてるな?
この策はクソ爺には無理だな。
背後に家康が絡んでるな。後で本田正信と真田昌幸に相談するか。
「それは大変だったでしょう。一先ずは俺に任して下さい」
「お願いします。頼れるのは叔父上だけなのです」
さてと、どうした物かね。
俺がそう考えて居る頃、安土では信忠が柴田勝家を嗜めて居た。
「柴田勝家よ。余は叔父上を信じる」
「しかし、日の本の半分を治める只野家は危険です。いづれ上様に歯向かう筈です。その前に関東を取り上げて東北に押し込んでしまいましょう!」
「父が生前の頃、叔父上はかなりの領地を父に献上した。何も言わずにだ。この上さらに余が領地を奪えと?」
確かな怒りを滲ませて信忠は柴田勝家を見る。
「い、いやしかしですな!」
「もう良い!この話はこれ迄だ!下がれ!」
「は…」
この所は毎日、柴田勝家が只野家から領地を取り上げろと言って来ている。
仮に只野家から領地を取り上げようとしよう。
前回の信長がかなりの領地を取り上げたのだ。
叔父上は首を縦には振らないだろう。
下手したら只野家と争う事になるかも知れない。
そうすれば全国が荒れる。
只野家に味方する勢力が幾つか出てくる筈だ。
まだ存命の宇喜多直家は勿論、これを機に四国を物にしようとする長宗我部、更に島津家も居る。
世の中を再び戦乱の嵐にする訳には行かないのだ。
信忠は痛む胃を抑えて仕事を続ける。
頭がズキズキする。最近はこんな事ばかりで頭が慢性的に痛んで居る。
「上様、薬湯をお持ちしましたぞ」
徳川家康が盆に薬湯を乗せて現れた。
「家康か何時も済まないな」
信忠はそう言って家康から薬湯を受け取る。
「いえいえ、儂の趣味が役にたって、嬉しゅう御座います」
信忠は薬湯を煽る。
「ふ~、全国の大名達が力を取り戻し始めたら、これだからな」
「心中、お察しします」
そう言って家康は頭を下げる。
「これからも家康は余を支えてくれ」
「はっ!」
その日、信忠は眠りに着いた後に二度と目覚める事は無かった。
ほくそ笑むのは家康、ただ一人…
再び安土に緊急で呼び出される事になった。
信忠君が死んだとの事で後継者の話が持ち上がったのだ。
「全く、少しは悲しみに浸らせろや」
五大老の筆頭である俺は柴田勝家に呼び出されて安土の評定の間に居た。
信忠君の葬儀は徳川家康が万事行い、無事に終わって一週間も経って居ない。
「柴田殿、此度は何用で俺を呼び出したので?」
「只野殿、上様が亡くなられた今、新たに将軍を立てなくては成らない。故に五大老全員を呼び、此度の会議をするのだ」
見渡すと他の五大老の面々が居る。
羽柴秀吉、徳川家康、そして上杉景勝だ。
「成程、話は分かったが、貴殿のことだ既に後継者を選んで居るのだろう?」
俺が睨みつけるように言う。
「まあまあ、只野殿。既に後継者の話は某と柴田殿である程度決めてます。後は是か否かと言う所ですよ」
徳川家康が苦労人の顔を見せながら言う。
ふん、狸め。お前達に都合の良い跡継ぎと言ったら、あの信雄くらいだろうよ。
「言ってみろよ」
俺は続きを促す。
「では跡継ぎは三法師様に、三法師様が成人する迄は信雄様が後見人として安土に入って貰います。
信雄様には副将軍として当分は政務を行って貰おうかと思ってます」
「成程、三法師殿が成人する迄は我々が後見人の信雄殿と共に政務を回す訳だな?」
「左様です。ですが関東に居を構える只野殿は安土に常駐しなくても構いません。必要な時に此方が文を出しますので」
家康がニコニコと答える。
「そうだな。安土まで毎回来るのは大変だし何より安土に常駐しないのは有り難い」
「そうでしょうとも!」
成程ねぇ…要は俺を追い出して家康と勝家で実権を握る積もりかよ。
秀吉は何だかんだと九州からだから遠いし、上杉も安土には遠い。
安土に常駐してる家康と勝家の思いのままだろうな。
それにこいつ等は絶対に只野家の力を削ごうと色々と仕掛けて来るだろう。
信雄を焚き付けてな。
色々と分かった!俺はスクッと立ち上がる。
「只野殿、何処へ?」
「帰る。後の事は全て任せる」
俺はそう言うと安土を飛び出して、江戸へと急いで帰って行った。
「父上、お早いお帰りで…」
「おう、義信よ戦争が起きるぞ。信孝殿と謙信に使者を出して置け」
「はっ、しかし此度の相手は誰ですかな?」
「織田幕府だ」
只野家と幕府の開戦待った無しの状態になった。
信雄は今、絶頂を迎えて居た。
何せ将軍の兄が倒れて、その息子の後見を任されて安土に入ったからだ。後は後継者である三法師を如何に退場させるかだ。
信雄は三法師が成人する迄の期間の間だけの権力を手放したくない。
三法師を何れは闇に葬って自分が権力の椅子に座り続けるのが理想である。
その為の知恵も家康が授けてくれる。
先ずは目の上のたんこぶの只野家を潰す。
只野家を潰すと言う事を達成する事で内外にアピールし、そして三法師を闇に葬れば自分は将軍となり、権力の座は維持出来ると柴田勝家と徳川家康から言われた。
安土に入った信雄は早速、動員令を出す。
謀反人、只野仁を討伐せよと全国の大名達に命令を発した。
「う〜ん、やっぱりこうなる訳か…」
俺は庭で風魔小太郎からの報告を聞いて、やっぱりなと思った。
朝鮮の役で信雄には恨み持たれてるし、向こうには柴田勝家と徳川家康が居るしな。
こう成る事が必然とも言える。
「まあ、しゃあない覚悟決めるか。小太郎よ信孝殿と謙信は何て言って来てる?」
「はっ、此方に付くとの事です」
「それは良かった。島津と羽柴は?」
「まだ返事が御座いません」
「まあ向こうは敵だらけだろうから、向こうに付く可能性が高いな」
まあ、何はともあれ戦争だ。楽しい楽しい戦争だ。
それも東西の総力戦の戦争だ。
やるからには勝つ、それも圧勝でだ。
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