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「ウッソ。かなりいい部屋じゃん。どうしたの? ここ、家賃いくら?」  部屋に入った恵美が天井からフローリングまでを見回して言った。 「ヒミツ」と貝塚はわざとらしい微笑を作って言った。  共益費込みで2万3000円などと言ったら、きっといろいろと疑われるだろう。黙っておくに越したことはない。 「教えてよ。どう考えても、10万前後はするんじゃない? カイちゃん、そんな稼いでるの?」 「稼いでないよ。倹約家なだけ」  恵美はなぜか興奮しながら、部屋のあちこちを見回った。キッチンが狭いのが気に入らないようで、 「こんな狭いと、あんまり凝った料理とかできないじゃん」と言った。 「俺、料理しないもん。ほとんど外食かコンビニの弁当だし。冷蔵庫も持ってないんだぜ」 「カイちゃんじゃなくて、私が料理できないって言ってるのよ」 「なんでお前がここで料理するんだ?」 「何言ってんの?」  恵美は貝塚を責めるような口調でそう言って、さらに言葉を続けた。 「彼女と同棲解消して別れたってことは、とうとう私がカイちゃんの本命に収まるってことでしょ? カイちゃんは彼女の手料理、食べたくないの?」  一人暮らしを始めた、という事実は、どうやら恵美にとんでもない勘違いをさせてしまったようだ。こんなめんどくさい女だと思っていなかった。貝塚にとっては、これまでどおり、暇なときに会って、性欲を満たしてくれるだけの存在でいてくれるのがベストなのだが。  しかしこの場は、適当に話を合わせておくほうがいい。貝塚は即座にそう判断した。 「それじゃ、小さいのでもいいから冷蔵庫買ってこなきゃいけないけど、あいにく引っ越しでお金使ってしまって、あんまりないんだよな」 「それくらい、私が買ってあげるよ」 「そんな。安いものじゃないし、申し訳ないよ」 「気にしなくてもいいのよ。私、彼氏に手料理作ってあげるのが夢だったんだあ。けっこう上手いのよ。カイちゃん、どんなものが好き?」 「恵美が作ってくれるものなら、なんでも喜んで食べるよ」 「もう、調子がいいんだから」  とりあえず、恵美はこの部屋に何も異常を感じていないようだった。やはり、レオが適当に言ったことが偶然的中したというだけで、この部屋に何か悪い悪霊がいるということはないのだろう。  少しだけ安心すると、まるで思い出したかのように性欲が湧いてくる。  貝塚は恵美を抱き寄せて、キスをした。舌をねっとりと絡ませながら、恵美の長い髪の毛を撫で下すように手の平で何度もさすった。  そして手を恵美の臀部に軽く当てると、恵美が、 「まだ夕方なのに。今日も出勤なんでしょ? 仕事の前にこんなことして大丈夫なの?」 「問題ないよ。お前が欲しいんだ」 「うれしい」  小柄な恵美の身体を軽く抱き上げるようにして動かすと、貝塚はフローリングの上にじかに敷いてある布団の上に、恵美を押し倒すように寝かせた。そして、上半身だけを軽く抱き起して、恵美の着ている薄いニットをやや強引に脱がせた。 「あ、そうだ」  恵美のブラジャーを剥ぎ取り、自分も上半身裸になったところで、貝塚はおもむろに立ち上がってギターのソフトケースを引っ張るように近くに寄せた。そしてソフトケースのなかからスマホを取り出して、画面を操作する。  ピローン、というチャイムのような音が鳴ると、貝塚はスマホの背中を布団の上で仰向けになっている恵美に向けた。 「ちょっとだけ、動画撮らせてよ」  貝塚はにやけた顔をして言った。 「何やってんの。そんなの、ダメに決まってるじゃない!」  恵美は両腕で自分の豊かな胸を隠すように覆った。腕に押されて、胸の脂肪が盛り上がる。 「いいじゃん、ちょっとだけ。絶対、誰にも見せないからさ」 「何考えてるのよ。ダメよ。もしスマホがウイルスに感染して誰かに覗かれたらどうするのよ」  恵美はうつぶせになって、隠れるように枕に顔を押し付けた。 「だいじょうぶだよ。いいじゃないか、今日からお前は、俺の正式な彼女なんだし。いつでも会えるわけじゃないし、会えないときはこれを見てお前を思い出すから、さ」 「絶対、誰にも見せない?」 「約束する」 「もし別れたとしても、リベンジポルノしない?」 「俺がお前と別れるわけないじゃないか」  最初は嫌々動画撮影を受け入れた恵美だったが、次第に自らカメラに向かってエロティックなしぐさをするようになり、やがては貝塚のペニスを咥えながら笑顔でピースサインまでする始末だった。カメラを向けられるとしぜんと美しく撮られたいというのは、女の本能らしい。貝塚はそんなことを思った。  撮影しながら、というのは集中力を欠いて、挿入する段に至って、さっきまでは怒張していたペニスがややその固さをほどいてしまった。貝塚はペニスを何度も恵美の濡れた陰部にこすりつけるようにして、ようやく埋もれるようにペニスの先端が恵美の内部へ入っていった。  それまで局部をアップに撮影していたが、右手に持ったスマホを今度は恵美の顔に向けて動かした。 「アアッ……、アッ!」短い喘ぎ声を上げる恵美は喜びを表した。  貝塚の視界には、実物の恵美の顔と、スマホの小さい画面のなかに映る恵美の顔が二重に入っていた。  腰を動かすたびに恵美は高い声を上げる。そしてその度にスマホを持った手もぶれるので、画質の荒らいスマホの映像も激しく乱れた。  体位を変えながら恵美との交わりの撮影を続け、やがて貝塚は恵美の脂肪の乗ったへそ周りに白い粘液を大量に放出した。  性交が終わって、恵美は精液を洗い落としにいくため、バスルームへ行った。  比較的最近の造語で、この性欲が満たされた後の、ある意味平和である意味冷めきった短い期間のことを「賢者タイム」という。まさに煩悩から解き放たれた瞬間なのだが、この賢者タイムは貝塚に、いかに自分がダメな人間かということを突きつけて来るようで、むなしく感じていた。  俺はこれから、どうやって生きていくんだろう。自分は生きているうちに何かをなし得る人間なのだろうか。唯一の拠り所である音楽活動も、一時的なものとはいえ相方から根拠薄弱の活動自粛を言い渡されている。  自分が、恵美に限らず女とは一対一の真剣な付き合いができるような人間でないことは重々承知していた。目の前にうまそうなごちそうが転がっていれば、手を出さずじっとガマンすることなどできない。我ながら呆れてしまうのだが、昔一度だけ女でひどい失敗をやらかしたにもかかわらず、一向におさまる気配すらない。実際、最近は連絡を取り合っていないが、今も身体だけの関係の女が、ほかにも一人いる。  撮影したばかりの性交の動画を再生してみたが、賢者タイムが継続しているためか、ぜんぜん興奮しなかった。おそらく半日もすればまた性欲は復活するだろうし、そのときにこの動画はオカズとして役に立ってくれるのだろうが。  ユーチューブの自分のアカウントに入ってみた。 「あれ?」  おかしい。動画の再生数が、ずいぶんと多い。  今日、家を出る前に撮ってアップロードした動画の再生数が、なんと2000を超えていた。言うまでもなく、貝塚にとっては最高記録だ。  いったい、何があったというのか。どこかの掲示板に晒し者にでもされたのだろうか。  コメント欄を見ると、 ”RTYKF1979 動画開始から34秒過ぎたあたり、カイさんの背中のうしろ、何か変なものが映ってない? 人の顔のように見えるんだけど” ”DEF1220 何か気持ち悪いものが映ってる。コレ、本気でやばいんじゃね?” ”SERIKA001 初めまして。このチャンネル今日はじめて見たんだけど、すごい企画やってますね” ”UMAL77 しゃべってる人のうしろの通路?になってる部分の横から、人の顔が出てくる。34秒あたりからです。たぶん、女の顔” ”TOFUDAISUKI 再生数少ないからって、ヤラセまでするのかよ。本当に汚いやつだな。そこまでして売名行為したいのか”  ほかにも多数の書き込みがあった。  貝塚をそれを読んで、最初は意味がわからず混乱した。とにかく自分の動画に何事かが起こったらしいということだけは理解できた。この動画は自分で見直さないままアップロードしたため、何かへんなものが映っていたかどうかは、確認していない。  貝塚は少しドキドキしながら自分の動画を、再生した。 ――こんにちは。事故物件ユーチューバーのカイです。今日は10月28日です。事故物件に住み始めて、10日目です。  スマホに映った小さな自分が、そう言う。  貝塚は画面をじっと見て、34秒が経過するのを息を飲んでじっと待っていた。 ――今まで一応、毎日投稿してきたんですけど、自己紹介ももう一通りしたし、視聴者のみなさんが期待してるような心霊現象は一切起こらないし、ただダラダラと僕がしゃべってる映像を流したところで、まったくつまらない動画しか作れないので……。  そのときだった。  画面のなかの自分の右肩の背後、ちょうどバスルームの扉の前の床に、何か黒いボールのようなものがフローリングから盛り上がるように現れた。  そして、一瞬だが、そのボールのようなものの表面に、白く光るような3つの小さな点が浮かび上がった。ちょうど、人間の顔の目と口にあたる部分だ。  貝塚はスマホから視線をずらして、バスルームの扉のほうを見る。もちろん何もない。にわか雨のようなシャワーの音がなかから漏れてきて、昔流行ったダンスミュージックのような曲を恵美が歌っている声が聞こえてくるばかりだった。  もう一度、その動画を最初から再生してみる。 「期待してるような心霊現象は一切起こらないし」と自分が言っているその時に、やはり黒い影はさっきと同じように表れた。  その黒い影の口の部分が小さく弧の形にゆがみ、笑っているようにも見えた。  もちろん、こんなヤラセはしていない。撮影しているときは、部屋のなかは自分ひとりだったはずだ。  つまり、視聴者が望んでいた心霊現象が、ついに撮れてしまったのだ。  そのとき、貝塚の身体の中心を貫いたものは、恐怖よりも強烈な喜びだった。  もう止めようと思っていた動画撮影が、これで続けられる。視聴者数も、きっと増えるに違いない。  注目されたい。人に認められたい。何でもいいから、有名になりたい。その小さな手がかりを、ようやくつかんだのだ。  全身の血管が拡張して、心臓が強く脈打つたびに血液に乗った興奮が神経を刺激していく。セックスなどでは得られない、身体をのけ反らせてしまうようなオーガズムが全身をふるわせ、貝塚は涙が出てきそうになるほどに感極まった。  バスルームの扉が開いて、中からバスタオルで身体の表面に付いた水の玉を拭きながら、裸の恵美が出てきた。  その姿を見ると、貝塚はまるでレイプするかのように恵美を押し倒して、乱暴に恵美の身体の上に覆いかぶさった。 「ちょ、ちょっと、待ってよ。どうしたの? ねえカイちゃん、ちょ、痛い。やめて、さっきしたばかりでしょ」  もはや何も耳に入らず、1回目よりもさらに固く大きく膨張したペニスを、強引に恵美の膣のなかにねじ込んだ。
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