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 みなさん、こんにちは。事故物件ユーチューバーのカイです。今日は10月29日。  みなさん、昨日の動画、たくさん見てくださいまして、ありがとうございました。コメントもありがとうございました。  えっと……、自分で動画撮影しているときは、後ろにあんなのが映ってたなんて、本当に全然気づきませんでした。僕は撮影した動画は基本的に編集せずに、確認もほとんどしないままアップロードするので、みなさんにコメントでご指摘いただくまで、本当に気付かなかったんです。  僕の感想ですが……、よくわからなかったんですが、たしかに人の顔と言われれば、そう見えないこともないですね。  でもまだ、僕は半信半疑なんですよ。  あ、昨日の動画から見始めたという方もいらっしゃると思うので、簡単に自己紹介をもう一度してみます。  名前は、カイと言います。事故物件に住んでます。この事故物件は、2年ほど前にここの住んでた女性が何者かに殺されるという事件がありました。そう、まさにここで殺されたみたいです。  犯人はたしか、まだ捕まってないはずです。  家賃は共益費込みで2万3000円という破格な安さです。  まあ、何かが撮れればいいかなって気軽な気持ちで事故物件ユーチューバーというのを始めたんですが、一向に撮れなくてもうやめようかなって思ってたんですけど、ついに撮れちゃいましたね。  でも、先ほど言ったとおり、まだ半信半疑なんですよ。たまたま、光の具合であんなのが映ったっていう確率もゼロじゃないですし、僕はそもそも、心霊現象って信じてませんから。  でも、最近こんなことがありました。  2週間ぶりくらいに、ある友達に会ったんですけど、会うなりいきなり、「カイちゃん、最近何かあったんじゃない?」とか言ってくるんです。 「引っ越ししたよ」というと、「その引っ越し先の物件、何かあったでしょ?」とズバリ当てられちゃったんです。  どうやらソイツ、ちょっと霊感ってやつがあるらしいんですよね。  ……霊感って何なんでしょうね。  カメラに映って、肉眼で見えないっていうなら、カメラがなかった昔のころは、幽霊なんかめったに見えるものじゃなかったはずなんですが、まさか幽霊のほうがテクノロジーの進化に合わせて見せ方を変える、なんてあるわけないしね。  まあとりあえず、変なものが映ってしまった手前、ここでやめるわけにはいきませんし、しばらく撮影は続行しようと思ってます。  今日はこのへんで。ご視聴ありがとうございました。カイでした。チャンネル登録お願いします ***  例の黒い影が映った動画がSNS上のどこかで広まったらしく、新しくアップロードした動画はわずかな時間のうちに再生数が100を超えていた。  コメント欄には、「鳥肌立った」「これはお祓いいったほうがいいんじゃないかな」「あれは殺された人の怨念なのかな」などという書き込みが為された。中には、「不謹慎」や「ヤラセ乙」などという否定的な書き込みもあったが、貝塚の動画を好意的に讃えるもののほうが圧倒的に多かった。  それらを読んでいると、貝塚はまるでライブハウスで声援を一身に受けているときの気持ちが蘇ってくるようで、気持ちが昂った。  約一週間後の朝、バイトから帰ってきて、眠っていたら、スマホの着信音で起こされた。  まぶしい視界を何とか開いて、スマホの画面を見てみると、なんとブラックバス時代のベースのトシミツからだった。時刻はまだ朝の11時。夜勤の貝塚にしてみれば、この時間は夜中のようなものだ。  出ようか出まいか一瞬迷ったが、太陽の明るいうちに起こされてしまってはもう一度寝るのは困難だろうと、覚悟を決めて電話に出た。 「もしもし……」 「あ、カイ。ひさしぶり。ごめんよ、寝てたか?」 「うん……」とくぐもった声でカイが言う。 「あのさ、実は、ちょっとおもしろいもの見ちゃったんだけど……。カイ、ひょっとして、ユーチューブやってる?」  それを聞くと、一気に眠気が吹き飛んで、心臓がドキリとした。  いつか誰かにバレるとは思っていたが、まさかこんなに早くに、しかも元のバンドメンバーに見つかるとは予想していなかった。最近、動画の再生数が増えてきたとはいえ、まだまだ5000も超えていないくらいだ。その5000人のなかのひとりが、トシミツだったとは。  しらを切っても仕方がないだろう。 「やってるよ」素直に認めた。 「もしかして、事故物件ユーチューバーチャンネルってやつ?」 「そうだけど……」 「やっぱり!」  トシミツはそう言うと、心底愉快そうに大きな声でしばらく笑い続けていた。  その笑い声が、まるで自分をバカにしてるようで不愉快だったため、貝塚はそこで電話を切った。  すぐに再び着信音が鳴る。留守電にしてやろうかと思ったが、下手に前のバンドメンバーあたりに自分がインターネット上で珍妙な動画を投稿してるとチクられたら、たまったもんじゃない。 「もしもし」 「もしもし、ごめんよ。いや、怒らないでくれよ。カイのやってること、すごいと思ってるんだよ。ほら、俺オカルトとか好きじゃん」  貝塚はトシミツがその格好に不似合いなオカルト雑誌を熱心に読んでいる姿を思い出した。トシミツは話を続ける。 「心霊スポットとか行ったり、肝試しとかしたいと思ってるんだけど、一人で行くのは、ほら、心細いっていうか……。だから、カイが今やってること、すごいと思うよ。事故物件ユーチューバー、流行るといいな」 「そんなら、トシミツも自分でやってみれば。事故物件なんて、探せばいくらでもあるだろ」 「いやいや、そこまでやる勇気はないわ。それに、ほら、俺の実家のこともあるし」 「実家?」 「あれ? 言ってなかったっけ。ウチ、寺なんだよ。臨済宗の。そんなに檀家は多くないんだけどさ。親父が、テレビの心霊番組とか雑誌の心霊特集とかに出てる霊能力者というのをひどく嫌っててさ、『インチキ霊能者が嘘ばっかり言ってカネもうけに利用しとる』と怒るんだよ。だから俺も子供のころから、そういう本を読んでると親父に取り上げられて燃やされてたんだけど」  なるほど。トシミツのオカルト本好きは、その反動というわけなのか。妙に納得がいった。 「だから、俺がもし事故物件で動画配信なんてやって、実家にバレたら、ただではすまされないわ。俺はまだ学生の身なんだし」  トシミツは例の、数か月にわたる病気療養が原因で大学は留年した。その後、5回生で就職活動は不利になるという不思議な理由で大学院に進学していた。だからいまだに金髪ロングヘア姿の学生をやっている。 「あのさ、カイ。一度、その事故物件、遊びに行ってもいい?」 「いいけど……、うちは別に心霊スポットじゃねーぞ」 「いやいや、立派な心霊スポットだよ。そこは。だってほら、黒い何かが撮れたろ」  もうそんなことまで知ってるのか。自分が言えた義理ではないが、好んでそういう心霊スポットに行きたがったり心霊現象に遭遇することを望む連中の気が知れない。とは言え、事故物件ユーチューブチャンネルの視聴者の大半がそういう人物で構成されているのだろうが。 「まあ、別に来てもいいけど。でも、ひとつ約束してくれ。昔のほかのメンバーには、俺がこんなことしてるってのは、内緒にしといてほしい」 「うん、それは約束する」 「それじゃ、いつ来る?」 「今日の夕方あたり、ダメか?」 「ずいぶん、急だな。大丈夫だけど、おれは7時半くらいにはバイトに出なきゃいけないけど、それでよければ。それと、飲み食いするなら、何にもないから自分で用意してくれ」 「了解。それじゃ、夕方4時くらいにまた電話する」  すっかり目が醒めてしまった。  貝塚は布団から起き上がって、ペットボトルに残っていたミネラルウォーターを一気に飲んだ。腹は減ってないが、何か飲み物と軽い食べ物でも買いに行こうか、そんなことを思っていると、いきなり、「ピンポーン」とインターホンが鳴った。  いったい、誰だろう。来客の予定はない。恵美だろうか。それとも宗教か新聞の勧誘だろうか。  音を立てないように玄関の扉に近付いて、覗き穴から表の様子を見てみると、50代くらいの中年の男女がそこに立っていた。もちろん両者とも見覚えはない。  いったい、この中年カップルは俺に何の用事があって来たのだろう。 「どなたですか?」  鍵を掛けたままの扉にそう声を掛けると、 「すみません。少しお話したいことがございまして……。ちょっとだけでかまいませんから、開けていただけないでしょうか」と男の声が言った。丁寧な言葉だが、ずいぶんと言葉の抑揚に訛りがある。  開錠して扉を少しだけ開けて顔を出した。中年の男女は貝塚の顔を見ると、丁寧に頭を下げた。 「何かご用ですか?」 「えっと、……あのー。私は、吉川と申します」 「吉川?」 「吉川凛音の……、両親です」  貝塚は一瞬で理解した。この部屋で殺されたのが、吉川凛音。そしてこのふたりがその両親というわけだ。  で、その被害者遺族が何をしに来たというのだろう。線香でも上げたいのだろうか。貝塚は少なからず動揺したが、悟られまいと努めた。いやな感情が腹のなかに湧いてくる。 「で、何か?」 「あの……、申し上げにくいんですが」  吉川凛音の父親のほうが何やら言いにくそうにもじもじしていると、母親のほうがしびれを切らしたように声を上げた。 「あなた、インターネットで何かしとるでしょう!」怒声と言っていいほどの強い口調だった。 「へ? 何のこと?」 「とぼけたって無駄じゃ。甥っ子が教えてくれたんですよ。お姉ちゃんが殺された部屋で、事故物件ってことで面白半分でインターネットに動画を出しよる人がおるって。最近じゃ、そういうのは調べたらすぐにわかる言うて、甥っ子が全部調べてくれたんじゃ。いいかげんにせんかいや」一気にまくし立てるように女が言った。 「こら、止めい」  女のほうが何かいろいろと騒ぐように言い、男がそれを制止する。そんな漫才のボケとツッコミのようなやりとりが貝塚の目の前で繰り返された。  このふたりがいったい何を言いたいのか、貝塚は少しのあいだ理解ができなかったが、要するに事故物件ユーチューバーという活動が気に入らないのだということは伝わった。  やがて男が話をまとめるように、 「あなたにとっては他人でも、わたしらにとっては大事な娘だったんです。もちろんここは今はあなたが住んどる部屋だから、口出しできた義理ではございませんが、娘が住んどった部屋を『事故物件』ちゅうて、世間の晒し者にされるんは、親としては耐えられんくらい辛いんですよ。どうか、インターネットでやるのは、控えてもらえませんか」  なるほど。わざわざそれを言うために、田舎からここまでやって来たのか。貝塚は少し安心した。  それにしても、早くも被害者遺族までもが知ることになるとは、予想していなかった。情報は再生数以上に広まっているのかもしれない。それとも、この両親は死んだ娘のことは何でもいいから知りたいとネットで検索しまってでもいるのだろうか。 「まだ、犯人も捕まっとらんことだし、わたしらのなかではまだ終わったことじゃないんです。お願いします。どうか娘の魂のためにも、止めてもらえんですか」  男は両手を合わせ、まるで仏像か何かを拝むように貝塚に言った。 「やだね」貝塚は言い放った。  親としての気持ちはわからないではないが、自分が借りている部屋で何をするかということを家賃も払っていない人間に口出しされるいわれはないはずだ。 「俺は別に、法に違反することをやってるわけじゃない。ちゃんと不動産屋を通して契約を交わして、この部屋を借りてるんだ。ここで何をしようが俺の自由だ。娘さんのことは申し訳ないと思うが、犯人が捕まってないのは、警察が怠慢なだけだろう。文句言うなら、警察に言いな。さあ、帰っ……」  貝塚が言い終わらないうちに、激高した中年の男が、 「なにを!」と言いながら貝塚に肩からぶつかって来た。  貝塚を尻もちをついて倒れた。倒れた貝塚を、吉川凛音の父親が見下ろした。憎悪に満ちた、まるで般若のような表情をしていた。 「痛えな……。何するんだよ、てめえ!」  貝塚は立ち上がって、男の胸倉をつかんだ。  男は身体を振るわせながら、涙を流していた。  その姿を見て、一発くらい殴り返してやろうと思っていた気持ちが失せてしまった。 「もう、帰れよ。二度と来るんじゃねえ」  貝塚は男の肩を突き飛ばして、扉を閉め鍵を掛けた。扉の外から、嗚咽のような声が聞こえてきた。  それ聞いて、貝塚は心底不愉快になった。  夕方、スマホでネットの芸能ニュースなどをぼんやり見ていると、インターホンが鳴った。  まさか、またあの親父がやってきたんじゃないかと警戒し、忍び足で覗き穴をのぞくと、そこには金髪の長身の男が立っているのが見えた。  貝塚はドアを開けた。 「よっ、やっぱりここだったな。なんか、久しぶりだな」トシミツが軽く言った。 「どうして、ここがわかったんだ?」  トシミツには具体的な住所は知らせていない。電話が掛かってくれば、駅まで迎えにいくつもりだった。 「そんなの、調べりゃすぐにわかるよ。なんか事件があるたびに、事故物件について収集してる悪趣味なオカルトマニアがけっこういるもんさ」 「大島てるってやつ?」 「いや、あそこじゃない。あのサイトは、誰でも書き込めるようになってるから、けっこうまちがいも少なくないんだよ。ほかのところ。自分で調査して、こっそりと公表してる地下サイトみたいな」  世の中にそんな物好きがいるとは知らなかった。トシミツがインターネット上の情報だけでここを発見したということは、事故物件ユーチューバーチャンネルの視聴者にも、すでにここを特定してる者もいるのかもしれない。戸締りはしっかりしておこう。 「うわあ、ここが例の事故物件か。すげえな、殺人現場って。入っていい?」玄関先から部屋の奥をのぞいて、トシミツが言った。 「どうぞ」  トシミツは、コンビニの大きめなビニル袋と、板状の何かが入った黄色く横に広いビニル袋を手に提げていた。コンビニの袋のほうには、2リットルのウーロン茶が透けて見えた。背中には小型の牛革製のリュックを背負っている。 「そこの駅前のピザ屋でピザ買ってきたんだよ。一緒に食おうぜ」 「お、ありがとう」  靴を脱いで部屋に足を踏み入れると、トシミツはやたら興奮していた。 「このへんがあの黒い霊が撮れたところだよな。すげえ。なんか、感激」トシミツが指でフローリングの一帯を円を描くように指した。 「まあ、そうだけど。動画、見てるんだな」 「見てるもなにも、お前はガチのオカルト界隈ではもうそこそこの有名人だぜ。そのうち、オカルト雑誌からインタビュー来るんじゃないの?」 「そんな、おおげさな」  確かにここ数日再生数が伸びてはいる。しかし、大物ユーチューバーとは比べるまでもない。貝塚もよく視聴して、動画編集の参考にしている「ヒミコチャンネル」など、100万再生を超えない動画のほうが少ないくらいに、人気だった。 「それより、冷めないうちに、ピザ食おうぜ」  ふたりはフローリングの上に直に座って、ピザの箱を開けた。サラミ、ピーマン、オニオン、ツナがトッピングされたMサイズのピザだ。 「ゴチになります」  貝塚はトシミツに向かって手を合わせた。 「今は、どうしてるんだ?」ピザをかじりながらトシミツがたずねた。  それが音楽活動のことを指していることに即座に気付いた。 「まあ、ぼちぼち。いい声してるボーカルを見つけたんで、今は二人ユニットでアコースティックやってる。路上演奏やったり、たまに昔のコネでライブハウスに出してもらったりしてるけど、細々としたもんさ」 「そうか……。なんか、すまなかったなあ」  そのトシミツの台詞は、2年以上前に結核という珍しい病気に感染して、コンテスト出場を諦めざるを得なかったことを詫びたものだった。  この病気によって、トシミツは隣の県の山のふもとにある病院に2か月近く隔離された。帰ってきたときは、病院食を長く食べていたせいか、ずいぶんと細く痩せていた。髪型は、頭皮から3センチくらいが黒い髪の毛のその先が金髪というダサいものになっていた。 「別に、もう気にしてない。それに、今もそこそこ楽しくやらせてもらってるよ。……お前は、どうなんだ?」 「俺は、大学の学部生の後輩が結成したバンドに加入したんだが……、これがまた、メンバー全員下手くそなんだよ。しかも、邦楽のコピーバンドやってるんだぜ。情けなくなってくるよな」 「ふうん」 「曲書けるやつが、メンバーのなかにはいないからさ。カイ、もし余ってる曲があったら、いくらかこっちに回してくれよ。カネは出さねーけど」 「ま、ぼちぼち考えとく」  ふたりでピザを食べ終わって、ウーロン茶を飲んだ。 「しかし、結核なんて病気、いったいどこでもらってきたんだ」貝塚が言った。 「それが、未だにわからねえんだ。感染が発覚する少し前に、日雇いのバイトで、プレハブ小屋に住み込み寮が備え付けてある工事現場や温泉旅館の風呂場の清掃とか、けっこうあっちこっちに行ってたから、 そのうちのどこかだと思うんだけど、原因不明としか言いようがない」 「結核って、けっこうヤバい病気かと思ってたんだけど、最近の医学はすごいな」 「いや、俺のは結核性胸膜炎ってやつだから、まだマシなほうなんだよ。抗生物質も効いたし。本気でやばいのは、多剤耐性菌ってやつ。何でも、菌が抗生物質に対する免疫みたいなのを獲得したものらしくて、これは本気でどうにも対処できないらしい。要するに、薬を投与されているうちに、それに勝てるように菌がパワーアップしていくんだと」 「そっちのほうが、俺にとっちゃホラーだな。隔離病棟って、どんな感じなんだ?」 「いやもう、異様な雰囲気としか言いようがないね。医者や看護師は、毒ガスの防護マスクみたいなのかぶってるし、窓は開けられないように鍵の部分が針金でぐるぐる巻きにして溶接してるし、本当に自分の身体が忌まわしい何かになったって気がして、なんか怖いってよりも情けなかったな」 「外にも、出られない?」 「当然。独房みたいなところに入れられて、何にもすることがないんだよ。決められた時間に薬飲んで飯食って、寝るだけ」 「トイレとか風呂はどうするんだ?」 「独房にちゃんと備え付けてあるよ。外に出られないんだから」 「ふうん」  ひさしぶりに再会して、最初は少しぎこちなさを感じていたが、しゃべっているうち、昔のバンド活動をやってたときのことを思い出して、何でも気軽に言えるようになってきたことを貝塚は感じた。トシミツのほうも同じらしかった。  しかしまた同じメンバーでバンドを組むということは有り得ないだろう。トシミツと貝塚以外のメンバーは全員、会社勤めをしている。 「事故物件を動画配信なんて、ずいぶんおもしろいことを思いついたもんだな。まあ、事故物件に住もうっていう勇気が見上げたもんだが。しかも、殺人の」 「別に、住みたくて住んでるんじゃねーよ。あんまり家賃にカネかけられないんだから、仕方ないだろ。……んで、まあ、せっかくあんまり普通の人にはできないことをやるんだから、動画撮ってアップロードしてみようかって、気軽な気持ちで始めたんだ」 「夜中とか、金縛りに遭ったりオバケが出てきたりはしない?」トシミツはまるで少年のように目を輝かせながら言う。 「さあ。俺は夜勤だから、休みの日以外は夜中はいないし、休みの日にも特に何か怪奇現象が起こったことはないよ。今のところ、収穫があったのは例の黒い影だけだ」 「あ、そうだ。いいもの持ってきたんだった」  トシミツはそう言って、床に置いていた黒いリュックサックを開けた。中から取り出したのは、銀色の円筒状ボディのハンディカメラだった。 「これ、よかったら使ってくれよ。動画はスマホで撮影してるんだろ? これなら赤外線の暗視カメラにもなってるし、画質を少し荒くして電源をつないでれば6時間くらいは連続で撮影できるから」  続いてリュックからは小さく折りたたまれた三脚が出てきた。トシミツは慣れた手つきで三脚を開き、脚を伸ばしてフローリングの上に立てた。そして、カチッという音を立ててカメラをセットした。  トシミツがカメラを動かし、レンズが貝塚のほうを向いた。 「そんな高価なもの、借りてもいいのか?」  最近、動画の再生数が上がったのはいいが、本筋とは関係なく、「画質が悪い」とか「もっといい機材で撮影しろよ」というクレームが日に何件か来るようになっていた。 「けっこう安いんだ、最近のは。どうせ、ライブの時以外は使ってないんだから、好きなように使ってくれ。使い方、だいたいわかるよな?」 「たぶん。それじゃ、少しのあいだ借りることにするよ」 「ああ。その代り、バッチリやばいの撮ってくれよ。夜中にずっとカメラ回しっぱなしにしてみるのも、面白いかもな」トシミツがにやつきながらそう言った。  いろいろと昔話をしているうちに、午後7時を過ぎた。 「それじゃ、そろそろ俺はおいとまするよ。これからバイトだろ?」 「うん」  トシミツが立ち上がって部屋を出て、玄関で靴を履いた。 「トシミツ、あの……」玄関を出ようとするかつてのバンドメンバーに、貝塚は少し言葉を詰まらせた。 「なんだ?」 「この部屋……、やっぱり何か、おかしいか?」  恵美は特に何も感じていないようだった。トシミツはどうなのか、聞いておきたかったが、それをどう言葉にすればいいかわからず、曖昧な台詞になってしまった。 「さあ、俺は霊感はまったくないからわからないんだけど。でも、……気を悪くしないでほしいんだけど」 「うん」 「この部屋、なんか雰囲気が結核患者の隔離病棟みたいだ。なんとなくなんだけど」
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