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 みなさん、こんにちは。事故物件ユーチューバーのカイです。  お気づきかもしれませんが、今日からちょっと画質が良くなってます。スマホじゃなくて、ハンディカメラで撮影してます。  いや、買ったんじゃなくて、知り合いが貸してくれたんですけどね。  僕はリアルの知り合いには誰も事故物件の動画撮ってるってことは一人も教えてないんですけど、そいつがオカルト大好きらしくて、このチャンネルが見つかってしまったんです。  で、使わないカメラがあるから貸してくれるって。  画質にもよるらしいんだけど、電源さえ切れなければかなり長い時間、連続して撮れるんです。  で、昨日実は、ためしにこの部屋の夜のようすをずっと暗視モードで撮影してみたんですよ。僕は昨日は夜勤のバイトに出てたから、部屋にはいなかったんですが。 留守にしてる部屋の撮影をしてるわけだから、何にも映るはずはないんですが、何かへんなものが映ってるので、ちょっとみさなんに見てもらおうかなって思いまして。  いえ、心霊現象ってほどのものじゃないんですけどね。  詳しい方がいらっしゃったら、教えてください。  それでは、その動画をご覧ください。 ***  トシミツからカメラを借りたその夜、貝塚はさっそく暗視カメラをセットしたままバイトに出かけた。きっと朝帰って来るまでの動画を撮影する容量はカメラにはないだろうが、試し撮りとして撮れるところまでやってみることにした。  翌朝、6時過ぎに家に帰ると、やはり午前3時くらいの段階でメモリーカードがいっぱいになったらしく、小さな液晶画面にはエラーを示す赤いアイコンが点滅していた。  とりあえず保存をして、動画をパソコンに取り込む。  そして、コンビニで買ってきた弁当を食べながら、パソコンでその動画を4倍速で再生させた。合計6時間以上ある動画だから4倍速でも1時間半以上かかるな、そんなことを考えながら、ぼーっと画面を見ていた。  モノクロの画面には、部屋の壁とシャワールームに扉、その向こうは玄関になっている。左側には窓のカーテンレールにハンガーで掛けたYシャツが2枚と薄いコートが1枚。変わらないその絵が、ずっと続くばかりだった。  10分ほど見ているとすでに飽きてしまい、あまりに退屈だったので、動画再生ソフトのシークバーを飛ばし飛ばししながら見るようになった。画面右下の白い文字の時刻表示が進むだけで、何にも起こらない。  しかし、午前2時が近くなったころだった。  一瞬だが、画面の上部から下部に向かって、まるで白い粉雪のようなものが、左右に揺れながら落ちるのが見えた。 「あれ?」  少し時間を巻き戻して、もう一度確認する。やはり午前1時54分あたりで、それまで画面になかった小さな白いものが、画面のなかを舞っている。  再生速度を1.0倍に戻して、再生する。  その白い粉雪のようなものは、ごく小さいが丸い球体のようなもので、上から下に落ちるだけでなく、フローリングから天井に向かって登っているものもあった。左右に動くものも、斜めに飛んで行くようなものもある。  貝塚は、これは視聴者が求めるような心霊現象ではないと判断した。きっと、何かの拍子にホコリが舞っただけだろう。だが、撮れたからにはアップロードしておくのも悪くない。そんな気持ちで、動画編集してアップロードした。  アップロードして1時間後、動画のコメント欄にはすでにいくらかの反応があった。 ”RTYKF1979 これ、オーブだよね。ガクブル” ”SERIKA001 まちがいなくオーブだと思うど。こんなに大量に写ってる映像、初めて見たよ。ふつうオーブって、ひとつかふたつくらい、白や青いものが飛ぶくらいじゃないの?” ”TYX2001 最恐にこええ……。この部屋、ぜったい呪われてるわ。本当にうp主はすぐに引っ越してお祓い行ったほうがいいと思う” ”TOFUDAISUKI お前らバカじゃね。こんなのやらせに決まってるだろ。ティッシュか何かを小さくちぎって団扇でパタパタあおいだだけだろ” ”RTYKF1979 >TOFUDAISUKI 団扇であおいだら、全部同じような方向に飛ぶでしょ。上から下と、下から上に同時に風が吹くなんてことは有り得ない。これが仮にティッシュ片か何かだとしても、再現するのは不可能だと思うよ”  貝塚は「オーブ」というオカルト専門用語は初めて知った。俺が撮ったこの白い球はいったい何なんだろう。  スマホを取り出して、「オーブ」と検索すると、なんとウィキペディアのページが最初に表示された。こんなマイナーな専門用語まで記事が作られているとは思ってもみなかった。  ページを開くと、このようなことが書いてあった。 *** 玉響現象(たまゆらげんしょう)とは、オーブ現象とも呼ばれる。主に写真などに写り込む、小さな水滴の様な光球である。肉眼では見えず、写真でのみ確認される。科学的にはフラッシュ光の空気中の微粒子による後方錯乱が映り込んだものと解釈されるが、心霊的観点から解釈がなされることもある。 ***  どうやら、かなりスタンダードな心霊現象らしい。  もう一度、自分の撮った動画を見てみる。やはり白く小さな発光体が、画面をうろうろしているだけ。  自分でこんなことを思うのはいかがなものかと思うが、こんなものを心霊現象と呼んでもいいのだろうか。単なるホコリか何かか、あるいはカメラの調子が悪かっただけじゃないだろうか。  心霊現象は貝塚が想像していたよりもだいぶテリトリーが広いらしい。  過去に投稿した動画にもいくつかコメントがついていて、「開始1分08秒後くらいに女の声が入ってるよ。ヘッドホンで聞けばわかる」とか、「天井に人の顔みたいなシミがついてる」など、貝塚がアップロードした動画を視聴者が勝手に解釈し始め、心霊現象らしいもの捏造していた。  そしてそれが、SNSを通してさらに広まった。  正直に言うと、そういうある意味で過大評価と呼ぶべきコメントには、少々鼻白むものがあった。心霊動画の撮影に成功して、それをアップロードして高く評価されるのは認められたような喜びを感じたのだが、予想外な受け止め方をされてそれがウケるのは、孤独に似たような寂しさを感じた。  そういえば、曲でも同じことがあった。ラブソングのつもりで歌詞を書いたはずなのに、ファンには男女のプラトニックな友情を描いたものだと勝手に思い込まれて、それがウケる。しかしわざわざ抗議するようなものでもなし、その高評価を素直に受け入れるふりはしていた。  しかし、受け手が求めるものを提供しなければならない。それは音楽であろうが動画であろうが、同じだ。視聴者をもっと得るためには、ほかに手段はない。 ***  みなさんこんにちは。事故物件ユーチューバーのカイです。  ……ご覧になってわかるとおり、顔をケガしました。よくわからないんですけど、仕事場の階段を踏み外して転んでしまったんです。僕のバイト先は、建物の2階と3階を使ってるんですが、2階に降りるときに、顔面から床に落ちてしまって……。  ちょっと擦れて傷ができたくらいで、そんなに大したケガではないんですけど、見た目が非常に悪いから、消毒液染み込ませたガーゼを当ててテープで止めてます。  ほかは、ちょっと右のヒジを打ったくらいで、大したことはなかったです。  でもね、このケガよりもちょっと気になることがあったんです。  2日前のことですけど、その日はバイトが休みだったから、夜中ずっとスマホで漫画読みながら過ごしてたんですけど、明け方4時くらいに布団に入って寝ることにしたんです。  でも、なんか空気が重いというか、生暖かいというよりもむしろ暑いくらいで、全身に汗をかき始めたので、一回着ているTシャツを脱ごうと思って起き上がろうとしたら……。  金縛りでした。  生まれて初めてのことですよ。  金縛りに遭ったことがある人ならわかると思うんですが、あれって本当に目以外の全てが動かなくなるんですね。本当に指先ひとつ動かなかったんです。  でも、なんだか頭はみょうに冷静で、「これが金縛りか」とか思ってたんですけど、この前撮影したときのような「オーブ」っていうやつですか、あれが目の前で、蝿みたいにブンブン飛んでいて。10匹や20匹ってレベルじゃなかったです。おそらく数百個って感じでした。  その日に限って、夜中のカメラはセットしてなかったんです。「カメラ回しておけばよかったなあ」なんて思ってると……。  なんか急激に吐き気がして、「おえっ」となったんですが、胴体が押さえつけられてるように動かないので、えづくこともできないんです。ただ、息苦しくなるばかりで。  すると、飛んでいたオーブが一箇所に集まって、なんか丸い塊みたいになっていったんですけど、その形がたぶん……、たぶん俺の見間違いだと思うんですけど、人間の顔みたいでした。  そろそろ、僕やばいんですかね?  本気で、お祓いに行こうかどうか悩んでるんですけど、あまりお金もないし、そもそもどこに頼みに行けばいいかもわからないし、困ってます。  そのへん、詳しい人いたらぜひ教えてください。  それでは、今日の動画はこれで終わりたいと思います。  ご視聴ありがとうございました。事故物件ユーチューバーのカイでした。チャンネル登録お願いします。 ***  バイト先で転んでケガをしたの事実だった。フロアの床で頬を思いっきり滑るようにこすってしまったため、右の頬のかなり広い範囲に軽い擦過傷ができてしまった。傷じたいは浅いので見た目ほどはひどくないのだが、店長の野田が「接客業で顔に茶色いかさぶた作ってるくらいならなら、絆創膏でも貼り付けておいたほうが客の印象がマシ」ということで、勤務先の救急箱にあったガーゼで応急手当を自分でやった。  金縛りやオーブでできた人の顔の話は、完全に捏造だった。  嘘を吐いたことに対して、まったく罪悪感はない。視聴者が欲しいものを提供して、再生数が伸びる。誰も損しない。最高じゃないか。  動画の再生数は、コンスタントに1万を超えるようになっていた。  そろそろ本業であるはずの音楽活動を再開しなけばならない。これだけの視聴者がいるなら、それなりに宣伝にはなるだろう。  しかしあれ以降、レオにはLINEを送って既読になるも、返事が返ってくることはなかった。 「別のボーカル、探さないといけないかもな。トシミツにアテがないか、聞いてみるかな」  貝塚は部屋でそんな独り言を言った。 ”RTYKF1979 転んだの、霊障じゃないんですか? 本当、気をつけてください” ”TAKUYA222 ツイッターから来ました。これが噂の事故物件チャンネルですか。がんばってください” ”SERIKA001 青森県五所川原市の、「まつばら」って地域で活動してる霊能者がすごいらしいですよ。どんな悪霊でも一発で退治してくれるらしい。一度、お調べになってみてください。” ”YUJIROTOMIO この動画の最後のほう、悲鳴みたいな声が入ってない?” ””RTYKF1979 >YUJIROTOMIO 本当だ。小さい声だけど、何か入ってる。「たすけて」って言ってるように聞こえるけど……ガクブル” ”TOFUDAISUKI どうやら冗談じゃなさそうだな。お金ないなら、クラウドファウンディングでお祓いするためのお金募ったら如何? 5000円くらいなら出してもいい”  この動画の再生数は、1万5000に及んだ。ほぼ日本武道館の収容人数と同じ数だ。
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