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みなさん、こんにちは。事故物件ユーチューバーのカイです。
顔のケガはすっかり治りました。まだちょっとかさぶたが残ってるんですけどね。転んだのは霊障だって心配してくれてた視聴者さんもいたみたいですが、ただ単に足が滑っただけですよ。完全に僕の不注意です。
あと、霊能者についてコメントくれてた人がいましたが、いくつか調べてみるとけっこう料金が高いらしくて、とても払えそうにないです。何せ、生活するだけでけっこうカツカツですから。
実は身の回りで、立て続けに心霊現象かもしれないという事態に見舞われました。
まずひとつめは、身体にみょうな傷跡が浮かび上がってきたんです。
えっと、ちょっとTシャツ脱ぎますね。……よいしょっと。
ほら、これわかりますかね。左の鎖骨のあたりから、右の脇腹まで切り傷みたいなのが出来てしまったんです。もちろん、こんなケガをするようなことはしてません。
今日の昼くらいですが、いきなり胴体に痛みを感じて目が醒めたんですが、服を脱いでみたら、わき腹に蚯蚓腫れのような赤い線が出来てたんです。最初は虫か何かに刺されたんだろうと気にしなかったんですが、だんだん痛みの範囲が広くなっていって、3時間くらい経つと熱くなって血がにじむようになってきたんです。
氷で冷やすと、腫れは引いたんですが、傷口は残ったままになってしまいました。
これ、やっぱり何かの呪いなんですかね。そろそろ自分でも心配になってきました。
あ、病院にはまだ行ってないです。
それと、2日前のことなんですが、心霊現象と言ってもいいような動画が撮影できたんで、それもご紹介したいと思います。
その日も、夜勤のバイトに出るとき、例のごとくカメラ回しっぱなしにして家を出たんですが……。いわゆるポルターガイスト現象ってやつでしょうか。
とりあえずその動画をご覧ください。
どうぞ。
***
貝塚はそこまで言うと、手を伸ばしてカメラの録画停止ボタンを押した。
2日前、バイトは休みだった。当然、夜勤などには出かけていない。
その日、午後8時半くらいに恵美が部屋にやって来た。そして、ひどく火力の弱い電気コンロをなんとか駆使して、二人前のペペロンチーノを作った。パスタを茹でた鍋をいったん横においてから、今度はその空いた電気コンロでフライパンを温まるのを待たなければいけないので、麺がずいぶんと伸びてしまった、などと言っていたが、それなりに食えるものができあがっていた。
冷蔵庫にまな板や包丁、鍋にフライパンに薬缶など、恵美がこの部屋に出入りするうちに、それなりに生活感のある健全な部屋に変貌していった。
恵美にはまだ、この部屋が事故物件であることは伝えていないし、ユーチューブに動画投稿していることもバレていない。
「あれ、このカメラ、どうしたの?」恵美が部屋のすみに立ててある三脚を見つけて言った。
「ああ、昔のバンド仲間がこの前来たときに、なんか知らないけど置いていったんだよ。ライブのとき以外は使い道ないから、好きなように使ってくれって」
「まさか、今日はこれで撮るつもり?」
当然、今日も恵美とセックスをするつもりではいたが、それは考えていなかった。高画質で女の裸を撮れるのは惹かれるものがあったが、
「いや、もし落として壊してしまったら弁償できないから、止めとく」
それを聞いて、恵美は少しつまらなそうな顔をした。
その日は、スマホでの撮影もしなかった。やはり女を抱くときには欲望を満たすことのみに没頭したい。
恵美の口内と、そして腹の上にそれぞれ一回ずつ射精をしてセックスを終えた。
「賢者タイム」に至り、貝塚が考えたのは事故物件チャンネルのことだった。動画の再生数が日に日に落ちていた。
大物ユーチューバー「ヒミコ」が、事故物件を借りて動画撮影を開始したことを知ったのは、前の動画をアップロードした翌日のことだった。自分の投稿した動画に関連するものとして、「ヒミコ、事故物件に住むの巻」というタイトルの動画がレコメンドされたのだった。
もちろん貝塚はそれを再生した。
***
こんちは、ヒミコでーす。実は今日から、新居での動画撮影になります。
いきなりですが、みなさんはオバケとか幽霊とか、信じますか?
怖いですよね、オバケ。僕は見たことないんですけど、見たことある人は何度も見るって言うし、いったいどうなってんのかなって思って。
前々から言ってたとおり、最近ずっと引っ越しすること考えてたんだけど、それじゃ実際に検証してみようってことで、事故物件に引っ越すことにしました。
まず、不動産屋さんで撮影したのから、ご覧いただきましょう。あ、不動産屋さんには、顔を写さない、社名は出さないということで撮影許可いただいてますので、そのへんはご安心を。
それでは、どうぞ。
***
ヒミコが一人でしゃべっていた動画が切り替わって、顔にモザイクが入った、スーツを着た男性の姿が映し出される。
***
「あの、いわゆる事故物件ってやつに住みたいんですけど」
「事故物件ですか?」
「有ります?」
「いちおう、一件だけ有りますけど。ちょっと待ってくださいね。……あ、これ。これです。こちらです」
「へえ。うわっ、敷金礼金ゼロで家賃4万円ってこれマジですか?」
「ええ、この付近の相場から言えば半値くらいですが、やっぱり心理的瑕疵物件ということになると、だいぶ安くせざるを得ませんからね」
「あの、事故物件ってことは、その何かがあったということで事故物件になったと思うんですが、ここはいったい何があったんですか?」
「住んでた方がお亡くなりなって……。いわゆる、自殺ですね。ドアノブに吊るしたタオルに首を掛けてお亡くなりになってます」
「うおっ! キツいなあ……。それで、あの肝心な部分の……、こう言ってはなんですが、ズバリ聞いてしまうと、出るんですか、それとも出ないんですか?」
「幽霊ですか?」
「はい」
「それは何とも……。こちらとしては、科学的には有り得ない、ということしか申し上げられないですね」
「じゃ、とりあえず内見させていただいてもいいですか?」
「ええ、ありがとうございます。参りましょう」
***
動画はまだ続くが、そこでいったん再生を止めた。
パクられた。
そう思った貝塚は、さっそくヒミコの動画のコメント欄に「人の始めた企画を真似しないでください」と書き込んだが、瞬く間に「ヒミコさんがどんな投稿しようが勝手だろ」とか「お前のほうがパクってんじゃね」あるいは、「お前の動画見てみたけど、しょぼすぎ。編集くらいちゃんとしろよ」などという貝塚を批難するコメントが溢れた。
大物ユーチューバーとなれば、何をやっても擁護する信者のような存在がいる。その熱狂っぷりは新宗教の教祖を崇めるそれに似ていた。
ヒミコのアップロードする動画は、心霊現象が起こるかどうかはともかく、クオリティは貝塚のものとは比較にならなかった。大物ユーチューバーらしく、部屋に4台のカメラを置いて、死角がないように撮影し、天井カメラも装着してある。見事な編集を経てテロップが付けられた動画は、単純に見ていておもしろかった。
撮影設備も視聴者の数もノウハウも、足元にも及ばない。
再生数は100万を超えないものがない。時には200万に及ぶものすらある。
貝塚はその自分のものとは比較にならないほど大きな数字を見て悔しく思ったが、事故物件に住むことに特許や知的財産権が発生するわけもなく、指をくわえて見ているしかなかった。
ヒミコの事故物件動画の再生数に反比例するように、貝塚の動画は視聴者を急激に減らしていった。
一度手に入れかけた何かが、するすると指の隙間から砂のように落ちていく感じがした。
俺には、心霊現象が要る。どんなものでもいい。ヒミコの動画を超えるような、強烈な心霊現象が。
「なに、ぼーっとしてるの?」裸で横に寝っ転がっている恵美が、こちらを向いて不満げに行った。
「いや、ちょっと考え事してて」
「最近、カイちゃんちょっと変じゃない?」
「変?」
「うーん。何ていうか、生気がなくなったていうか。うまく言えないんだけど」
「生気がなくなってる人間が、2回続けて発射できるわけないだろ」
「そういうのじゃなくて、……まあ、いいや。死んじゃダメだよ」
「死ぬわけないだろ」
特に体調が悪いということもない。転んで顔をケガしたが、そのほかに不審な出来事は一切ない。それとも、動画の再生数が減っていることによる心理的な負担が顔に現れているのだろうか。
「あのさ、ちょっと聞いてもいい?」貝塚が裸の上半身を起こした。
「なに?」
「心霊現象って、体験したことある?」
「何言ってるのよ。カイちゃん、そんなの信じてるの?」
予想外のことを問われ、恵美はすこし呆れたような顔をした。
「いや、そういうわけじゃないんだけど」
恵美は寝返りを打って、貝塚に背中を向けた。
「心霊現象かどうかはわからないんだけど、ここ1週間くらいかな。ずっと同じ夢を見るんだ……」
「夢? どんな夢?」
「街のなかの道路の上を走ってる夢。具体的にどこかはわからないんだけど、見覚えあるような街並み。でも、まわりに人間はひとりもいないの。で、なんか黒い影みたいなのが後ろから追っかけてきて、私はそれから必死に逃げるんだけど、急に落とし穴に落ちたみたいに、地面のなかに吸い込まれて行って、毎回そこで目が醒める」
「なんだそりゃ。それって、怖いのか?」
「とにかく、私はその黒い影のことをひどく嫌ってる……、というよりも、影のほうが私のほうを嫌ってるのが伝わってきて、逃げずにはいられないのよ。しかも不思議なことに、私はその影の名前を知ってる」
「影に名前があるのか?」
「うん。その影、吉岡か吉富とか、そんな名前だった」
午後11時くらいに恵美が帰ってから、貝塚は暗くした部屋で撮影を始めた。床にわざと、1枚のTシャツと靴下を脱ぎっぱなしにしておいて、貝塚自身はカメラの死角になる冷蔵庫の裏側に隠れた。
右手に握った、100円ショップで買ってきた細い釣り糸をそっと引っ張ると、床の上のTシャツが弱い風にあおられたかのようにめくれた。続いて、左手の釣り糸を引っ張る。靴下が芋虫のように床の上を動いた。
そんな動作を何度か繰り返した後、貝塚は部屋の電気を点けて、カメラの録画を停めると、小さな液晶で撮ったばかりの動画を確認した。
暗視モードの画面には、釣り糸は一切写り込んでいない。初めての試みだったが、想像以上にうまくいった。
こうして自作の心霊現象ができあがった。
しかし、きっとこれではまだ弱い。もっと強烈で人目を引く何かが必要だ。
貝塚はしばらく逡巡した後、シャツを脱ぐと恵美が料理に使っている包丁を手に取って、自らの胸に当て、覚悟を決めて刃先をわき腹まで一気に下した。
痛みが轟音のように響いて胸から背中を左右に周回した。そして時間を置いて、傷口から血が溢れてきた。
この傷口を霊障と称した動画をアップロードしたら、視聴者はどんなコメントをするだろう。包丁に付着した血をティッシュでぬぐいながら、貝塚はそればかりを考えていた。
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