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語らい
坂を下った先のT字路には、今では物珍しくなった公衆電話が佇んでいた。すっかり使われていないようで、扉には蜘蛛が使わせまいと巣を張り巡らせている。でも、役に立ってないわけじゃない。星明かりしかないこの平井地区の立派な「街灯」にもなっているらしい。
午後7時半過ぎだというのに、家に明かりはついていても道に人通りは全くなかった。なんせ、ここは古座川町の奥地。大阪みたいな飲み屋やカラオケの娯楽施設など存在しない。ただ、ユズと関わる慎ましい生活だけが続いていた。
そして、辺りを見回していた俺は、公衆電話の斜め前に車避けのスペースを発見する。
「ここならいけるか」
俺は車が来ないのをいいことにそのスペースへズンズンと向かっていく。そして、これでもかというぐらいに大の字に寝転んでやった。庁舎より少し移動するだけでも、空が少し開けたみたいだ。
これだけの星を平井地区の人は毎日見ているのか、と考えた。いや、これが毎日見られるなら俺みたいに騒いだりせず、特別気に留めてもないかもしれない。
「贅沢やなぁ…。これから先、こんなん見れる機会そうそうないもんなぁ…」
独り言を呟いていると、向こうから砂利を踏む音が近づいてきている。この時間帯に歩く人間は限られているはずだが。
「誰や?」
身体を捻って上体を起こす。薄明かりの中、ぼんやり見えてきたのはと同じ4年生の高松昴。しかも、缶ビールを両手にぶら下げていたまま立っていた。
アイツとは、学部は違うけれどもサークルが同じ。一年生からの長い付き合いで、大学時代の友人を挙げろと言われたら真っ先にノミネートさせる。
「なんかおらんなぁと思ってたら、こんなとこにおったんか」
昴は隣ええか、とだけ言って片方のビールを俺に差し出す。彼はグイッとビールを喉へ流し込むと、さっきの俺と同じく身体中で星空を満喫する体勢に入った。
「なるほどな。ホンマよう見えるわ。秋の星座は一等星ないとはいえ、これだけ見えたら感動するな」
「お前、星詳しいんやな。四年間おって初知りやわ」
昴はハハッと上機嫌に笑った。酔いでも回ってきているのか。酒で調子づいた様子で空に向かって指を突き出す。
「そりゃあ、アレやで。ほれ、あの六つの塊がプレアデス星団や」
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