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「六等星は肉眼では一番暗いってだけや。東京の空じゃ見えんなっても、ちゃんとおる。ここ来たら見えるやん。そこにおる事が大事なんや。その存在を知るには光ってんとあかん」
昴の口調が強くなる。まるで何かを確かめるかのように。
グイと両肩を掴まれて向き合う格好になった。少し昴の顔は赤いけれど、意識が朦朧としてるわけじゃない。普段とは違う弱気な俺を見ても、真剣に向き合ってくれている。
「一番あかんのは、光が消えた時や。
さっきちょっとだけ妹の話出したけど、二年程前、アイツ学校でイジメられとってな。親にも俺にも相談せんと一人で抱え込んで、家でも明るく振る舞ってた。ある日、たまたま俺がはよ帰った時に、七星が首吊ろうとしとって…」
そこまで言うと昴は少し顔を伏せて口をつぐんだ。フッと肩にかかっていた力が抜けて、昴の手が静かに離れる。
ああ、だからなのか。昴がいつになく淡々とした言葉で喋っていたのは。
「俺、七星の兄貴やけど何も分かってなかった。ダメな兄貴や。でも、七星にはどうしても生きてて欲しいから、そんなんなら学校行かんでええって言うたわ。幸いなことに学校がちゃんとしてくれたからまた学校へは行けるようになったけどな。
…星は生まれた重さで一生が決まっていくねん。太陽より重かったら超新星爆発起こしてブラックホールになったりすることもあるし、逆に小さかったらある日活動が止まって冷えていくんや。
でも、海翔はもうすぐ新社会人やし、人生まだまだこれからやん。何でも出来る。嫌になったら会社辞めてもいいけど、人生を辞めるのはナシやで。六等星みたいに小さくてもいいから、光っといてや。俺からのお願いや」
昴は目にうっすら涙を浮かべていた。それを悟られなくなかったのか、「説教くさくなってもうたな」と鼻の下を擦りながらぼやく昴に向かって、俺はかぶりを振る。
「…ありがとう。東京行っても俺頑張るわ」
「おう、そんなら良かった」
昴はおもむろに立ち上がる。飲みきったビールの缶をペキペキと真ん中で潰して、ズボンについた砂利を払った。
「そろそろ戻るか。風も出てきたし」
「そうやな」
立ち上がる時に、また空を見上げた。暗闇に慣れた目で凝らしていると何千もの六等星が瞬いている。肉眼で見えるギリギリの光だとしても、六等星にとっては精一杯の輝き。それはこの地球、ひいては平井地区にもちゃんと届いていた。
『そこにおる事が大事なんや。その存在を知るには光ってんとあかん』
さっき、昴が呟いた言葉を思い出して反芻する。
東京という明かりに目が眩んだとしても、俺たち小さな六等星は力の限り光り続ける。存在を知れるこの場所があるから。
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