専門医

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 翡翠の声で状況を思い出した碧は、真っ赤な顔で振り返り慌てて頭を下げた。 「す、すみませんっ、あの、翡翠さん、ありがとうございます」 「どういたしまして。向こうでお茶でも飲みながら、少しお話ししましょう」 「あ、はい」 * 「───最初は初対面を装って声を掛けてしまいましたが、彼は私の先祖からの知り合いでして、専門医のようなものです」 「そうだったんですか…」  最初の部屋(事務所)に戻った三人は、向かい合わせのソファに座りそれぞれティーカップを傾けて寛いだ。  シアンは話に興味がないのか、隣に座る碧に密着してその髪を弄っている。 「最後に彼とお会いしたのは、碧さんと出会う少し前でした。それから音沙汰無くてついにかなと思っていましたが、こうして碧さんともお会い出来て良かったです」 「はあ、」  一部物騒な言葉が聞こえたが、翡翠の花笑みに碧はそれを気のせいかなと誤魔化した。 「これから先は彼に何かあれば私のところへお越しくださいね」 「わかりました」  翡翠の連絡先を貰い、安堵の表情を浮かべた碧にシアンが体重をかけた。 「わ、どうしたの?」 「帰る」 「せっかちですねえ」 「うるせえ」 「シアン、お礼言わないと、」  急かすように立ち上がり碧を引っ張るシアンに、慌てて碧は腕を掴んで制止すると、シアンは目を見張ってから嫌そうに翡翠を見遣った。  翡翠はただ笑みを貼り付けている。 「……どーも」 「いーえ」 「もう……」  二人の仲が良いのか仲が悪いのかは分からなかったが、世代を超えた付き合いをしている分、互いに遠慮は無いのかもしれないなと碧は思いながら、再び翡翠に頭を下げてシアンの手によって引っ張り込まれた。 「碧さん、相談でも何でも、気兼ねなく来ていいですからね」 「あ、はい」 「行かせねーよ」  帰り際、玄関前でそう言った翡翠に答えたのはシアンで、嫉妬を丸出しにした刺のある声を翡翠に投げ付けた。  二人の背を見送った翡翠は、満足そうに室内に戻り、三人分のティーカップを黒い扉の向こうまで持ち出した。  そこは住居スペースになっていて、キッチンやテレビ、ローテーブルに一人用のソファとベッドが詰まっていたが、窮屈感もなく馴染んでいる。 「───良いですねえ、緑の糸で繋がっている相手が見つかると言うのは」  運命の赤い糸とはよく言うが、その糸には種類がある。赤い糸は恋人や愛し合うという意味を持っている。彼らの糸は緑色をしていて、それは魂の片割れを意味している。他にも黒や黄や青と、運命の糸とは随分と多彩なものなのだ。  翡翠は楽しげに、羨望を滲ませた声で呟きながら、カップを洗って流れるように壁掛けの時計に目を向けた。  すると玄関の方で来客を知らせるブザーが聞こえ、緩慢な足取りで部屋を出る。 「───ああ、早かったですね」 「めんどくせぇからさっさと済ませろ」  三人の来客はそれぞれ別の雰囲気を持っていた。待ち望んでいたかのように翡翠は新しい刺激物に目を輝かせ、警戒心で満たされた野良犬のような少年と、それに張り付かれた平凡そうな少年と、保護者臭を漂わせる横暴な悪友に笑みを向けた。  
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