白い犬

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 ───碧は無意識に毛布とは違う温もりを感じた。気持ち良い触り心地と暖かさに顔を寄せると、水気を帯びた何かで額を舐められる。 「……ん、」  なに、と舐められたそこに触れながら目を開くと、間近には真っ白な毛。  ああ、そうだった。  昨夜の出会いを思い出した碧が顔をあげると、優しい目をした綺麗な犬───シアンが隣で寝そべっていた。シングルベッドに成人男性と大型犬が並ぶと狭いが、しかし温かい。  出会い頭から随分と懐かれていて、シアンは犬らしくない顔の寄せ方で碧に甘えるように動く。人間くさい所があることを不思議に思いながらも、碧には不気味さも恐怖も無かった。  時間を確認すると十時を過ぎていて、正月休み万歳だなと思いながら碧が自分の髪を撫でつけ起き上がると、シアンも体を起こした。 「おはよ」  シアンのふわふわとした頭を両手で撫でると、彼は目を細めてから僅かに碧の唇を舐める。  人間に懐く犬にしては行動が控えめであることが多い。尻尾はよく振るが、小さく鳴く程度で吠えることもなく、顔がベタベタになるまで舐めたりもしない。  けれどもずっと碧のそばにいて、碧の目を見つめてくる。綺麗なオッドアイはやはり吸い込まれそうな色をしていた。 「一応病院に行って、ご飯とか買わないとね」  碧の言葉に対して返事のようにゆっくりと瞬きをして尻尾を揺らすシアンは、撫でろとばかりに頭を擦り付けてくる。猫だったら喉からゴロゴロと聞こえそうだ。  碧はシアンの体の手触りの良さを堪能してからトイレに行き、洗面所で顔を洗う。その間、シアンは邪魔にならないところで座ってそれを見ていた。  賢いな、と頭を撫でると滑らかな動きで尻尾が揺れる。  犬用のご飯がないので、とりあえず昨夜から水だけは置いていた。さすがにお腹が空いているはずだ。早めに済ませようと、碧はさっと水だけ飲んで支度をした。  首輪もリードもないが大丈夫だろう、と碧には奇妙な確信があった。昨夜に出会って半日も経っていないというのに、しかしそれを疑うことは寸分も無かった。そのまま玄関へ向かうとシアンも後を追ってくる。 「飛び出したりするなよ?」  横に並んだシアンに言うと、碧を見上げて足に頭を擦り付けてから小さく鳴いた。碧はシアンが言葉を理解しているようにしか思えなかったが、それもそれで楽だなと考えながら玄関を開けた。  近くの動物病院に着くまでのあいだ、シアンは片時も碧の横から離れなかった。常に横を歩き、信号で止まると碧は自然にシアンの首元に手が伸びる。  もし途中で飼い主に出会ったら引き渡しも出来るが、そうなったら後ろ髪惹かれる思いを抱くだろうな、と碧は思った。  しかし妙に人懐っこいと思っていたシアンだが、碧以外には寄っていかなかった。  病院では大人しく診察されていたし、獣医も驚くほどやりやすいと言っていた。体外も体内も異常は見当たらないようで碧は安堵の溜息を吐いた。ただ、獣医にシアンの犬種が分からないと言われて驚いた。数多の種類を見てきた専門医も知らない犬種がいるのだろう。  大きさや顔立ち、触診での骨格などから狼の血も入っているのではないか、とは言うが、あくまでそれは憶測であると獣医は自身の勉強不足を悔いているようだった。  だが碧はシアンの種類に関して狼という予想を納得していた。そしてやはり格好いいとも思った。種類はどうあれシアンはやはり犬らしくはないのだ。  診察中も大人しいだけでシアンは獣医に尻尾振ったり擦り寄ったりはせず、ただ一心に碧だけを見つめ、診察が終わってすぐに碧の元へ近づくシアンの愛らしさに、碧は嬉しさを示すように体を撫でた。  診察と支払いを済ませると、碧は病院に近いペットショップへと寄った。  ガラスケースの向こう側にいる犬や猫たちは、シアンを見て吠えたり興奮している様子だったが、それを向けられているシアンは我関せずで碧の足元から見上げてくるだけだった。  不思議な子だなとは思うが、やはりそこに悪い印象はなく、ただ愛しかった。  一通り必要なものを買い込み、帰り際にレジ横で飾られていた首輪が視界に入ったが、碧はそれをシアンに付けようとは思えずに素通りした。 「帰ろっか」  荷物を抱えて歩く碧の横で、シアンは碧に合わせた速さで歩を進める。結局帰るまでに飼い主らしき人には会うことはなかった。  碧が玄関で荷物を置いて靴を脱いでいる間、シアンは部屋に上がらずに座りもせず待っていて、どうした、と碧が声を掛けるとシアンはその場で片方の前足を上げた。  首を傾げつつも碧がその足に触れると、細かい砂が落ちる。足を拭くかと濡れタオルで四脚の汚れを落とすと、シアンは満足そうに部屋に上がる。  なんだか人間みたいだな、と思いながら笑い、碧は荷物を運び込んだ。  
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