専門医

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 明くる休日、碧はシアンの呼び掛けに目を覚ました。呼び掛けとはいっても普段の小さな鳴き声なのだが、それがいつもより連続して聞こえたのである。  壁際を向いていた碧が寝返りで振り返ると、シアンは散歩に持ち歩く小さな鞄を銜えていた。 「……おはよ…、」  寝惚け眼に力なく声を出す碧に対し、シアンは尻尾を振って鞄を目の前に置く。 「散歩……?」  シアンは普段自分から散歩を催促する事がないため、碧は疑問しながらも体を起こして両手を伸ばした。  時計はまだ五時を少し過ぎた辺りを指している。夏場の散歩は夜が多い。朝方は碧が起きられないからなのだが、夜は夜で仕事終わりの疲労が残っている。  たまにはいいか、と洗面所に向かい、水分だけを摂って支度を済ませた。その間にシアンはすでに玄関先で座って待っていて、どうしたんだろうかと思いながらも、未だ寝起きで頭の冴えない碧は欠伸をしながら靴を履いたのだった。  早朝の外は思いの外心地よかった。明るい割に静かで、朝明けの香りは深呼吸をしたくなるし、体の目覚めには最適だ。  これからは早朝にしても良いかもしれない、と考えながら、薄雲を見上げて緩慢に過ぎていくような時の流れを感じた。  暫く歩いて辿り着いた公園のベンチに腰かけると、シアンは隣に上がって寝そべり、碧の足に顔を置く。首の辺りを撫でながら澄んだ空気を吸い込んだ碧は、眠気は覚めていたが目を閉じた。風で揺らぐ木々の音が入ってくる。  ───ふと、シアンが顔を上げた感覚に碧は目を開き、空を見上げていた頭を戻すと、砂利を踏み近づいて来る足音の方へ向いた。  公園に似つかわしくない容姿をした男性がひとり、穏やかな声を碧に発した。 「おはようございます、綺麗な子ですね」 「…あ、おはようございます……」  長身(ちょうしん)痩躯(そうく)で長い黒髪を横に垂らした男性は、相好が儚げながら美しく、胡乱(うろん)ではあるがそれ故に他人を蠱惑(こわく)する雰囲気を持っていた。  シアンが男を見てはいたが威嚇はしなかったため、碧は彼に対して特に警戒を表さずに挨拶を返した。 「唐突にすみません。こんなに綺麗な子を初めて見たものですから、つい声を掛けてしまって。───触っても?」 「ええ、大丈夫ですよ」  優雅な仕草でシアンの横にしゃがんだ男は、碧を見上げて尋ね、碧が快諾すると細い指を白い毛の間に潜らせ、滑らかに撫でた。  嫌がらないから大丈夫なんだな、とその様子を眺めていた碧に、男は再び話し掛ける。 「良い毛並みですね。この子はお店で?里親?」 「いえ、捨てられたか迷子だったかで…探している人も現れなくて、そのまま一緒に暮らしています」 「なるほど。良い人に拾われましたね」  最後はシアンに話しかける男に対し、シアンはただ碧の足に頭を戻していて無反応だった。男は気にしていない様子で撫でている。  ずっと撫でていたくなる手触りなんだよなあ、とぼんやり眺めていると、碧の携帯が震えてシアンが顔を上げる。 「───…、失礼、電話だ」 「大丈夫ですよ、大事な用事かもしれませんから、お構いなく」  着信は実家からだった。朝早くに電話を掛けてくるのは実家くらいだが、そう滅多にあるものではない。  離れても大丈夫だろうか、と思ったが、シアンと目が合うとシアンはゆっくり尻尾を揺らした。大丈夫らしい。  少し離れた所のベンチに移動して、碧はシアンと男を眺めながら母の声を聞いた。  
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