専門医

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「碧さん、お待たせしました」 「あ、はい」  碧の居る部屋に戻った翡翠が声を掛けると、碧が弾かれたように顔を上げた。手にはティーカップを持っているが、思い耽っていたのか中身はあまり減らずに冷めてしまっている。 「あの、どうですか…?」  心配を顔一杯に貼りつけて声まで弱々しい碧に、翡翠は笑みをひとつ安心させるように言った。 「大丈夫ですよ。ちょっと体が凝り固まっていただけですから」 「へ?」  翡翠の言葉に困惑した碧だったが、それは解消させることなく翡翠は白い扉の先へ碧を促した。 「こちらへ。驚くかと思いますが」 「え?」  小走りで近寄った碧は、翡翠の奥歯に物が挟まるような言い方に首を傾げながら、慎重な足取りで室内へ入った。  その後ろから翡翠は静かに続き、なるべく音を立てないように扉を閉めて奥へ目を向けると、すぐ近くで碧が立ち止まっていた。  その先には服を着た人間の姿のシアンがいる。彼は不機嫌そうに眉の寄った顔をしているが、それは何より多大なる不安からくるものだった。  希少な色の瞳で碧を見てはいるものの、翡翠はシアンが今にも泣き出しそうに思えた。  しばらくの沈黙の後、動き出したのは碧だった。何も言わずにシアンに近付き目の前に立つと、その首に掛かった黒曜石を掬い上げる。 「───これ、俺があげたやつ」 「……っ、碧、」  シアンの声に顔を上げた碧は、左右で色の違う瞳を眺めてから言った。 「想像より声が高い」 「……隠してて悪かった。俺がこんな姿してんの気味悪いかもしれねぇけど、」 「え、いや…あの、体調は良くなった?」 「は?」  シアンを見上げる碧の目は真っ直ぐで、そこには恐怖や嫌悪などの色はなく、ただ純粋な心配があった。 「いや、まあ…、ずっとあの姿だと体が凝ったり頭痛くなったり、こっちに変わる時に辛かったりはする、けど」 「俺のため?怖がると思って?」 「……っ」  意外にもあっさりと不安を言い当てられ二の句が継げなくなったシアンに対して、碧は相好を崩してその頬に手を伸ばす。 「バカだなあ……」 「!、……それ今日何度も言われる」  碧の手が頬に触れ、その感触と温もりに擦り寄ったシアンは心から安堵した。碧の手を自らの掌で包んだシアンに、碧はその熱を感じて笑みを深める。 「シアンは、人の姿になれば大丈夫なの?」 「定期的にどっちの姿にもなってた方が楽だな」 「そっか、じゃあ、これからは我慢しちゃダメだからね」  当たり前に先の話をする碧に、シアンは瞠目しながらも小さく問うた。 「一緒に、いてもいいのか。俺が怖くないのか」 「怖くないよ、シアンだから」  その問いに寸分の迷い無く答えた碧に、シアンは愁眉(しゅうび)を開いた。歓喜のあまりに泣きそうな顔をしたシアンを碧は優しく撫でながら、まじまじとその姿を眺めて恥ずかしげも無く言った。 「狼?の姿もカッコいいけど、人でも格好いいんだね、どっちも好き」 「……っ、碧…、」 「え、あっ、ごめんなんか告白みたいになっちゃった」  自分の言葉を自覚した碧は赤面しながらも咄嗟に離れようとしたが、シアンは逃すまいとその手を掴んで引き寄せた。 「……告白じゃねぇのか。俺は碧を愛してるけど」 「えっ、え!? あの、俺、男だし、えっと」  抱き締められたうえに至近距離で囁くシアンに狼狽する碧は、言葉を詰まらせながらも返すが、シアンは不貞腐れたように言った。 「そんなのお前が産まれたときから知ってる」 「え、」 「その話は帰ってからだ」  遠目から見てくる翡翠を視界に入れ、夢中になりそうになった自分を戒めるように目を閉じて碧を離したシアンは、困惑している碧の頬を撫でた。 「───大丈夫そうですね」 「うわっ!」  
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