出逢

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夕刻、16時を過ぎた頃。まだ日も昇ったままの時刻に”坊ちゃん”は律儀にも「じゃあ行ってくる」と宣言をして玄関扉を出た。私は出かける直前まで嫌そうな顔の”坊ちゃん”に防寒具を着せ、玄関の戸を開けてさえやり見送った。しかし油断させようと玄関扉を一度しめきったのがいけなかったかもしれない。 そこから全くの計算違いが起きた。やたらと間口の広い玄関の引き戸を閉じた瞬間。突然彼は消失したのだ。 焦る気持ちを抑え必死にあの独特の気配を探る。家の中、町内、市内。どんどん索敵の範囲を広げるも悪魔は跡形もない。悔しさと苛立ちで舌打ちをする。どこかで今、人間が喰われているかもしれないのに私はその場で居合わせることすらできない。数ヶ月も人を食わず絶食していたあの悪魔は一体何人の人間を餌食にするのだろう。 屋敷の中からの索敵では納得がいかず適当に革靴を引っ掛け外へ出る。もしかして八百万会にはまだ私に存在を察せられない異形がまだいたのかもしれない。それの能力で”坊ちゃん”が索敵の範囲外へ逃がされてしまったか。 あてもなく町内を歩き回り、冷静になるよう自分に言い聞かす。八百万会に出向ければいいが連絡の術も正確な場所もわからない。 同じ花屋の前を3度通ったところで不審な視線を受けようやく屋敷へ帰る。 これじゃまるで能無しだ。 やきもきしているうちに19時を回り、数人分の命くらい見逃してもいいような気がしてくる。俺が見守るよう言われたのは悪魔であって人間ではない。それにこれから何度彼の捕食を見なければならないのかを思うと最初の一度がなんだと思えた。堕天したからそんなことを思えるのか、元からこう言うドライな性格だったのかはわからない。しかしそんな天使にそぐわない自分を責める必要がないことにだけは安堵した。
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