出逢

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屋敷には使用人用の部屋が2つあった。一つは本邸、もう一つ細い廊下で繋がった離れに。俺が私室として使っているのは本邸の方で、そこには最初の日に寝かされていたベッドよりは気持ち質素な木製のベッドが備えられている。その横には大きめの文机があり、帳簿付けなど大方の机作業も難なくできるようになっていた。さらにはそれらの書き置きや帳簿も全てこの私室のガラス扉の本棚に保管されており、そこには歴代の使用人の日誌もしまわれている。 手持ち無沙汰の俺は少しづつ読み進めている前任者の日誌の続きを読んでいた。他愛もないことばかりだが何か重要なことが書かれているかもしれない。時刻はついに20時を回った。外は暗闇で、屋敷には誰もいないにもかかわらずほとんどの部屋に明かりが灯されている。前任が言うには、家に帰った時に明かりが灯っているのは心底ホッとするものだからという。 そういう感覚は俺にはない。ただそういうことを人が精神的にアテにしているのは知識としてはわかる。 言われた台詞に共感するふりをした俺にすこし目を細めた神経質な元使用人の顔を思い出していると、急に消えていた悪魔の気配が感じられ素早く日誌を閉じた。普段は出さない人間離れした速さで屋敷内を移り、気配のある玄関に駆けつける。冷たい土間に”坊ちゃん”が四肢を丸めて転がっていた。 「坊ちゃん!!どうされたのですか!!」 驚き呼びかける。”坊ちゃん”は血まみれだった。匂いからしても大半は返り血だろうが、本人も傷を負っているようだ。人間に返り討ちにあったのか。いや、そんな間抜けな悪魔がいるはずない。ならば食事に出かけたのではなかったのか。事件に巻き込まれたか?いや、そんなはず…。 仮に大怪我をしたとしても悪魔というのは回復力が異常に強いものだ。腹から内臓が飛び出したって最後にはちゃんと元に戻るものが事件に巻き込まれたところで弱るはずもない。 悪魔の体を抱き上げると頼りないほどに軽かった。抱き上げる瞬間、悪魔の体が怯えるようにびくついたが薄く開いた目で私を捉えると聞き取れないほど小さな声でただいま、と言う。 わけがわからなかった。悪魔のくせになぜこんなに回復が遅い。まるで出来損ないのように。“この悪魔は違う”とはこれのことか?考えたがる頭を止める。 とにかく今はまず今にも死んでしまいそうな坊っちゃんの身体を清めなければ。身を切るような冷気の風呂場へ連れていきバスタオルを広げた床に寝かせた。衣服は激しい戦闘でもあったように切り裂かれており、脱がせようと少し力を入れて引けば簡単にちぎれてしまう。 「少々痛むと思いますが清めます」話しかけるとぐったりした悪魔はかすかにうなづいた。体温が下がっている。温めることも急務だろうか。すぐに適温になったお湯を傷口を避けるように浴びせる。それでも湯がかからないわけもない。かなり染みるだろう。暴れることも予想して身構えたが坊ちゃんはされるがままに従順に湯を浴びた。ひょっとして痛覚がないのだろうか。 しかし傷口はよく見ていると非常にゆっくりではあるが閉じはじめていた。この分なら数十分もすれば綺麗に治るだろう。驚いて、結局は安堵してしまう自分に呆れる。
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