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隣同士の
「あっ、ねぇ!星が光った」
真っ白な薄衣にくるまれた少女は声を輝かせた。眼下の華やかな夜景には目もくれず、星などほとんど見えない此所で、ずっと真上を見つめている。
「…よく見えるなお前。こんなきったない空に」
少年はつまらなさそうに、手すりに背を預けて休んでいた。どれ試しにと、顎をぐいっと上げたのだが、そのせいでキャスケットがずり下がって目を塞ぐ。
「カズミ星がね、キラッキラッ、キラーって」
彼女が跳ねる横で、彼は思いっきり息を吹き上げた。けれどもちろん帽子はびくともしない。
「ああっ!隣のチカゲ星も!今、キラッて!」
何度も彼女は、すぐ傍の彼の袖を引いて促す。それが弱々しいながらも力強くて、少年はとうとうポケットに収めていた手を取り出した。
「…どれ?」
淡く息をつきながら、彼は摘まんだ鍔ごとだらんと腕を垂れ下げた。髪をざらり、巻き上げていく風が、ガスを抱き込んで重かった。
「ほら、あれだよ!仲良く隣同士で、光ってるでしょ?」
「でしょ?って言われても、見えねぇよ、なんも」
「…そうだよね」
次に彼女の吸い込んだ息は酷くザリザリしていて、狭く細い道を通るのに難儀した。なんとか咳き込むまいと、掴んでいた手すりをぐっと握ろうとしたけれど、力がまるで入らない。脂汗が、白い指に錆び色を伝染した。
「…」
その震えに彼が気付いた頃、彼女の舌先の涙はとっくに冷えていた。弾かれたように体を起こし、背中をそうっとさすってやる。この、擦り切れそうな布の感触が大嫌いで、そこが温かいことにほっとする。たゆむ袖に苛つきながら彼は、こんなことはもうたくさんだと、唇を埋めた。
「…言えよちゃんと…頼むから…」
「…ん…」
ふたりをあおる、けたたましいネオン。今、この光線の氾濫が、どれだけの命で成り立っているか。彼女は顔を背けた。そんなこと、考えたくもなかった。
光の数だけ、贄はあるから。
「…っごほ…っ」
口元を押さえて体を折る。どれだけ悼み、言葉を馳せても、みるみる増殖する閃光はもうそれを解さない。ヂリヂリと叫ぶのみで、彼女は堪らず目を細める。
気遣う彼の瞳は開かれたまま。
「ごめんね…」
その瑠璃色は光によごされ濁っていた。指の裏で睫毛を払う彼女は、それを見つめて、より強く拭った。
「…本当はね、そんな気がしただけなの。そうだったらいいなぁって」
「…星が光ったら、何がどういいんだよ」
ハープの調べのような声が戻ったことに、一方では胸を撫で下ろしながらも、彼はそう吐き捨てた。正直、星なんてどうでもよかった。彼の求める光とはそんな風に、目に見えるか見えないかを争うようなものではなかったから。
「違うよぉ。隣同士でってところ」
「…」
彼女は今一度、黙る彼の袖を取る。そこから鮮烈な赤が拡がった。
互いに手は繋げなかった。
彼女は錆び臭い滑りを隠したかった。
彼は氷の指先を隠したかった。
「…」
「…」
「…星になりたい」
「馬鹿なこと言うなよ」
「光にされてしまうよりは、いいでしょ?」
「…」
「星だったらきっと、気が遠くなるくらいずっと、ずーっと、一緒にいられる」
「…そんなに長い間、何すればいいんだよ」
「こうしてお話してようよ。あの星たちだって、そうしてる」
「…そんな気がするだけだろ」
ふふ、と彼女は笑った。
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