第13話 まるでアナタは欲に塗れた獣のように―2

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第13話 まるでアナタは欲に塗れた獣のように―2

 俺とルミナは獣道を歩いて帰路につこうとしていた。 「ルミナ、流石に俺もそうやってあからさまに距離を取られると傷つくのだが」  俺は背後を歩いているルミナに振り返りながら言う。  ルミナは行きの密着具合と打って変わり、俺から三歩後ろに下がった位置を常に保って歩いていた。 「こ、これは日本古来より伝わる大和撫子的な振舞いですので、どうかお気になさらずに」 「ソレいつの時代の話だよ。それにこの世界では俺以外にその話題通じる奴いないだろ」  俺は試しに突然立ち止まってみる。  すると、ルミナも慌てて立ち止まる。  俺が一歩進むと、ルミナも一歩進む。  俺が一歩下がると、ルミナも一歩下がる。 「…………」 「…………」  俺はルミナをじっと見るが、ルミナはなかなか俺と目を合わせない。  そして、およそ1分間、黙ったまま俺とルミナは森の中で動きを止めていた。 「……ふう」  俺は観念して再び一歩先に進もうと足を上げる――振りをして足を元の位置に戻す。  ルミナは反応が遅れて、足をそのまま前に踏み込んでしまう。 「やーい! 引っかかった引っかかったー! まんまと騙されてやんのうぷぷぷぷー!」 「…………先輩、私で遊ぶのはどうかと思いますよ?」 「ごめんなさい」  ルミナに凄まれて俺は調子の乗ったことを謝る。 「だけど、帰り道になってからお前どうしたんだよ。どうして行きみたいにベタベタしてこないんだよ」 「先輩がお望みならそうさせていただきますけど……」  ルミナは身体をくねくねとさせて実に怪しい様子だった。  何かまた企んでいるのではないか、 「そこの君たち、こんなところで何をしている?」  そう思った直後、俺たちは何者かに声を掛けられた。 「うえっ!? いや、俺たちまだ何もしていませんよ!」  俺が咄嗟に答えて声のした方を振り向くと、木々の間を縫って甲冑姿の中年男性がこちらに歩いて来ていた。  甲冑の男はがっしりとした体つきで金属の鎧を纏い、腰には一振りの剣を差している。  俺とルミナの目の前に立ち止まった彼は厳つい顔で俺たちを見下ろす。 「あ、あの……俺たち何かしていましたか?」  俺が甲冑の男に恐る恐る尋ねると、甲冑の男はギロリと俺を睨んだ。 「……いや、なんでもない。怖がらせてしまい、申し訳なかったな」  だが、甲冑の男はそう言って俺たちにペコリと頭を下げる。 「私はザレン。騎士団に所属している者だ」 「騎士団ということは騎士の人なのか……本当に実在したんだな」  俺が一人で納得していると、ザレンは訝しげな表情で首を傾げた。 「騎士団に所属しているのだから騎士なのは当たり前だろう。何を言っているんだ君は」 「ああ、こっちの話だから気にしないで欲しい。俺は田舎から出て来たばかりで騎士を今まで一度も見たことがないんですよ」  あながち嘘ではない。  こっちの世界に来てからの17年間、グラス村でずっと暮らしていた俺だが、平和そのものなグラス村に騎士が訪ねて来たことなど一度もなかった。  この世界の騎士団は前世の世界の警察や軍隊に相当する組織らしく、大都市では教会が警察署の役割も果たしているらしい。  逆に小さな村などでは自警団が犯罪を取り締まっており、グラス村にも自警団は存在していたが、構成員のほとんどは農作業をサボりたいだけのニートであり、戦闘訓練もせずにパトロールという名の散歩ばかりをしている集団だった。 「ふむ。都会にまだ馴染めないというのも分かるが、ここら一帯はメルトリシアという貴族の領地だ。さっさと出ていかないと不法侵入で逮捕されることになるぞ」 「ええっ!? この森全部がルミナの家の所有地だったのか!?」  ルミナの家が貴族だとは知っていたが、まさか森一つを所有する程の大金持ちだったとは思っていなかった。 「最近はここを私有地だと知らない若者が多くてな。特に若い男女が夜な夜な忍び込んでは淫らな行為にふけるという事案が多発しているため、こうして騎士団がパトロールに出動させられているのだ。君たちも今回だけは見逃すが、あまり若い内から羽目を外し過ぎてはいかんぞ」 「いや、俺たち、別にカップルという訳ではないんですけど……」  どうやら、ザレンは俺とルミナを昼間から繁殖活動に精を出す健全なカップルだとでも勘違いしているらしい。 「そうか? 君たちの絶妙な距離感はまさに事後のような雰囲気が――む?」  ザレンが途中まで言いかけて口をつぐみ、ルミナをじっと見る。  一方、ルミナはザレンに顔を見られたくないのか、彼が現れてからずっと俺たちに背を向けていた。 「ひょっとして、君はルミナちゃんじゃないか?」 「…………お久しぶりです、ザレンおじ様」  ザレンに正体を看破されて観念したのか、ルミナがこちらに顔を向けた。 「おおっ! 覚えていてくれたか! 大きくなったなあ!」 「この人、ルミナの知り合いなのか?」 「知り合いというか、私の友達のお父さんです」  ルミナはそう答えるが、なんとなくザレンから距離を置きたがっている様子だった。 「こうして直接会うのは五年ぶりかな? しばらく見ない内に随分と美人さんになったもんだなあ! おかげで最初はルミナちゃんだと気づかなかったよ!」  ザレンは俺の連れがルミナだと知ると、やけに上機嫌な様子になった。 「しかし、ルミナちゃんはどうしてここに? 貴族のご令嬢が護衛もつけずにいるだなんて珍しい。いや、もしかして、この少年が護衛だったりするのだろうか?」  ザレンが目を細めて怪訝そうに尋ねる。  さっきまではいかにも友達のお父さんという感じだったが、今の台詞はどことなく騎士としての立場から言っているように思えた。 「いえ、彼は護衛ではありません。ですが、悪い人間ではないので安心してください。……ただ、私をここで見たことはお父様に報告しないでいただけますか? 出来れば、彼のことも秘密にして欲しいです」  ルミナがそう言うと、ザレンは難しそうな表情でしばらく考え込む。 「…………了解した。ルミナちゃんのお願いなら私は決して口外しないことにしよう」  ザレンの言葉にルミナはほっとした様子を見せる。 「だけど、ルミナちゃんもそういう年頃になってしまったか。君を赤ん坊の頃から知っているおじさんの身としては少し寂しいな。くれぐれも避妊だけはちゃんとするんだぞ」  しかし、最後の一言で台無しである。 「それと、一応言っておくが、付き合う男の子は最低限父親に面と向かって紹介出来るような子にした方がいいぞ」  ……おい、それどういう意味だ。  その言い方だとまるで俺がルミナの父親に紹介出来ないようなどうしようもないダメ男だと思われているかのようじゃないか。 「大丈夫です。彼は優しくて誠実な人ですから。お父様にもいつかは紹介したいと思っています。けれど、今はお父様と顔を合わせたくはなくて……」 「浮かない様子だな。お父さんと喧嘩でもしたか? まあ、そのくらいはどこの家庭でもよくあることだろう。今は君の好きなようにすればいいが、たまにはお父さんと向き合ってあげなさい。それでは、私はこの辺で失礼するよ。まだパトロールの途中なのでね」  そう言ったザレンは去り際に俺の右肩を右手でポンと叩く。 「少年、好きな女の子は護ると決めたら最後まで護るのだぞ」  ザレンは俺たちに手を振りながら去っていった。 「なんだったんだあのセクハラ親父は……」 「ザレンおじ様は昔からああいう人です。悪気があって言っている訳ではないのですけどね」 「ふーん。けど、あのオッサンにも注意されたことだし、俺たちもとっとと街に戻って――」  俺は言いかけて、視界の端で何かが蠢いているのが見えた。  気になって目を向けると、蠢いていたものは動物や魔物などではなく二人の男女だと分かった。 「へへっ、あの騎士はやり過ごせたみたいだな。さあ、続きをしようぜ、シンク」 「――!?」  偶然にも聞こえた男の台詞の中に聞き覚えのある名前が出てきて俺は驚く。  二人の男女をよく見ると、男が女を木の幹に抑えつけて、女はそれに抵抗しているようだった。  そして、俺は女の方が見覚えのある人物だということに気づく。  その正体は先日、俺と共に魔法学院の試験を受けたシンクという名の少女だった。 「ルミナ、少しの間、ここで待っていてくれ」  俺は何か考えるまでもなく、シンクと彼女を取り押さえている男に向かって駆け出していた。
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