第16話 まるでアナタは欲に塗れた獣のように―5

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第16話 まるでアナタは欲に塗れた獣のように―5

「どうして、俺は取り調べを受けているんだ……」  アンコール教会の詰所にて、俺は机を挟んでザレンから事情聴取を受けていた。 「悪く思わないでくれたまえ。君を刺したという男についての話を伺いたかったのだよ」  時刻はもう9時を回っている。  気を失っていた俺が目を覚ますと、そこは教会の医務室だった。  ザレンからの説明では、ルミナとシンクが傷ついた俺を担いでいるところを見回りしていたザレンが発見して、教会まで搬送してくれたのだということだった。  その後、俺は教会が治療を受け、目覚めた直後にザレンが調書を取るからとこの取り調べ室に連れてきた。 「しかし、君とシンクちゃんの証言で大体の話は分かった。男の名はアラン。ここらでたまに暴行や窃盗をしているという危険な男だ。過去にも何件か殺人未遂の事件を起こしている」 「早く捕まえてくださいよ。俺だって痛い思いをしたんだから」 「ああ、約束しよう。それに私は君を見直したからな」 「えっ?」 「君は身を呈してシンクちゃんを守ったのだろう? 傷ついてまで女の子を守れるのは偉いじゃないか」 「はあ……まあ、シンクの場合は知り合いだったからってだけですよ。見知らぬ奴だったら我が身可愛さで見て見ぬ振りをしていたでしょうね。てか、おっさんもシンクとは知り合いだったんですね」 「彼女はこの教会でボランティアをしてくれているんだ」 「なるほど、だから、アイツはいつも修道服を着ているんですね」 「今回の件は、彼女にも聴取をしたのだが、アランとの関係については何も口を開いてくれなくてね。君は何か知っているかな?」 「…………いえ、何も」  俺は少しだけ嘘を吐いた。 「そうか。すまないね。これで聴取は終わりだ。ご協力感謝する。もう遅い時間だが、ご飯でも食べるかね? とは言っても、食べ損ねてしまった私の昼食のサンドイッチしかないのだが……」 「あ、じゃあ、お言葉に甘えてソレいただきます」  しかし、ザレンは微笑みを浮かべて、俺に自らの弁当箱を渡す。  サンドイッチは手作りのようで、卵、ハム、レタスなど、色とりどりの具材が使われていた。 「これは私の娘が作ってくれたものなんだ。味は保証しよう」 「………………やっぱり結構です」  なんとなく申し訳ない気持ちになった俺は弁当箱をザレンに返却した。  娘さんが父親のために作った料理を俺が食べるのは良くないと思う。 「それより、取り調べだったら、カツ丼ください。なんかガッツリしたものが食べたい気分なんです」 「カツ丼? なんだそれは……」  ザレンは顔をしかめて頭に疑問符を浮かべていた。 「ええっ、カツ丼知らないんですか? 刑事ドラマではよく出てくるじゃないですか」 「聞いたことがない。というか、それは料理なのか?」  どうやら、このおっさんはカツ丼を知らないらしい。 「カツ丼っていうのは丼のご飯に卵で閉じたトンカツを乗っけた料理で――」  そこまで言った俺はザレンがカツ丼を知らない理由に思い当たる。 「もしかして、この世界にはカツ丼がないのか?」 「私は君が何を言っているのかさっぱり分からないのだが」 「マジかよ。この世界、サンドイッチはあるけどカツ丼はないとかそういう感じなのか」  思い返せば、ルミナが以前作ってくれたカレーライスにはじゃがいもが入っていた。  つまり、この世界は中世風の時代でありながらじゃがいもが存在しているということであり、俺が元いた世界とは歴史が異なっている証明でもある。 「だが、君の言ったそのカツ丼とかいう料理は作り方を聞いているだけで食欲が唆られるな」 「レシピ、教えましょうか?」  俺は手近な白紙の裏にカツ丼のレシピを書いてザレンに渡した。 「ふむふむ。玉ねぎも必要なのか。……こんな料理があったとは。参考にさせていただこう! それはそうと、君には随分と若々しいお母さんがいらっしゃるのだね」 「は? 母さん? 俺の母さんはどう見てもくたびれたおばさんだろ」 「そうかね? 君の保護者を名乗る女性がこちらに来ているのだが」  ザレンがそう言った直後、取り調べ室の扉が突然勢いよく開け放たれた。 「ツヅリ! いい加減にしなさいよ! いつまで油売っている気なのよ!」  扉の向こうから現れたのはラビィだった。 「ラビィ! お前なんでここにいるんだよ!」 「なんでじゃないわよ、この非行少年! 警察に捕まるって何やらかしてんの! おかげでこの私が保護者としてで出向かなくならないといけなくなったんだけど!」  ラビィはぷんすかと怒り心頭の様子で文句を垂れる。  そんなラビィと俺の間にザレンが割って入る。 「まあまあ、落ち着いてくださいツヅリ君のお母さん」 「お母さん!?」  ザレンの発言に俺は耳を疑った。 「この度は私の不出来な息子がご迷惑をおかけしました。息子の保護者として、私、ラビィ・ランダースが代わりと言ってはなんですが、謹んでお詫びを申し上げます」 「お前はいつから俺の母親になったんだ……」  大方、騎士団に保護された俺が何か事件を起こしたと勘違いして身柄を引き取りに来たのだろうが、それにしたって見た目7歳程度の子供が母親は無理があるだろう。 「謝らないでくださいお母さん、今回の件は単なる事情聴取ですし、彼が何か犯罪を行ったという訳でもございません。どうか彼を責めないでやってください」  だが、ザレンは普通にラビィを俺の保護者として扱っていた。 「そ、そうだったの? 私はてっきり、ツヅリが道端で女の子を襲ったりしたのかもと思ったのだけど」 「お前は俺をなんだと思っているんだ」 「ふんっ! どちらにせよ迎えに来てあげたんだから感謝しなさい! さあ、とっとと帰るわよ!」 「おい待て、ルミナはどうするんだ? ここに運び込まれてからルミナの姿を見ていないんだが……」 「む? ルミナちゃんなら、先程シンクちゃんと一緒にいるところを見たぞ」  ザレンがそう言った瞬間、外で大きな衝撃音がした。 「た、大変です副団長!」  騎士の青年が取り調べ室に駆け込んでくる。 「今の音はなんだ!?」 「そ、それが、教会の外で二人の少女が争っているようで……」  騎士の報告に俺は胸騒ぎを感じる。 「争っている!? 誰と誰がだ!?」 「メルトリシアのご令嬢と修道士の女の子です!」 「間違いない! ルミナとシンクだ!」  俺の嫌な予感は的中していた。
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