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第20話 まるでアナタは恋に恋する乙女のように―3
「はあ……これでようやく一息吐ける」
フィラが帰り、夜も更け、俺は自室のベッドに寝転がりながら呟く。
最近はルミナやラビィに振り回されているせいでろくに休まる時間もない。
俺は天井の木目をしばらくの間じっと見ていた。
「なんだかんだ俺が前世の記憶を取り戻してから日数は経ったよな」
17年分の記憶を取り戻した俺はまだ完全ではないものの、徐々に記憶と身体のギャップが埋まり始めていた。
よく考えれば俺は今の年齢と前世の年齢を合わせて34年生きていることになる。
「身体は17歳で記憶は34歳、なんか老けたみたいで嫌だな」
結局のところ同じ年齢を繰り返しているだけなので精神的に逞しくなったとか、そういう成長は感じられない。
現代知識チートが出来るかと言えば、元々の頭が大した出来ではないため、この前の一次試験の時のように油断して躓いてしまう可能性もある。
「世の中、意外と上手く行かないものだな」
この世界では金も地位もない俺には告白魔法しか自慢出来るものはない。
「だったら、告白魔法を鍛えてみるか?」
俺は自分に問いかける。
告白魔法さえあれば、俺が成り上がることも夢ではないはずだ。
「そうと決まれば、早速練習あるのみだな」
ベッドから飛び起きた俺は、机に向かって一冊の手帳を開く。
俺が強くなるイメージとして最初に思い浮かべたのはルミナだった。
「ルミナは告白魔法の呪文をポエムにして記録していた。ならば、俺の恐怖の炎も同じ方法でいつでも使えるようになるかもしれない」
冷気であらゆるものを凍らせる恐怖の炎は維持こそ難しいが、発動のトリガーさえ確立すれば、一気に扱いやすくなるだろう。
「良し! あの時の記憶を思い出せ……魂に刻まれた叫びを思い出すんだ……」
俺は目を瞑って自分に念じる。
思い出されるのはアランに刺された時の記憶。
腹の傷はシンクの治癒魔法によってすでに塞がっているが、身体は痛みを憶えていた。
「――吹き荒べ! 心凍てつく零度の息吹! ……ちょっと普通だろうか? ――地獄の薄氷、コキュートス! ……これも微妙だな。――恐れ、怖れ、恐怖の炎! ……もう少しシンプルでもいいか」
言葉に出しながら俺は手繰り寄せた記憶を手帳に記していく。
「ならば、これはどうだ! エターナルフォースブリザ――」
――カツン。
その時、俺の部屋の窓に何かがぶつかった。
「…………なんだ? 今の音は」
俺は窓の外に目を向ける。
窓から見下ろした先、猫屋敷の玄関前にはシンクが立ってこちらを見上げていた。
俺が窓を開けると、シンクは丸めた紙くずのようなものを俺の部屋に投げ入れて去っていった。
紙くずを拾った俺はそれを開いてみる。
『ツヅリ君、突然ごめんなさい。今晩、教会裏の孤児院まで来てくれないかな? ルミナさんたちには見つからないように一人で来てね』
紙くずはシンクからの手紙だった。
俺は何事かと思いながらも、ルミナやラビィが廊下や一階にいないことを確認して猫屋敷を出るのだった。
@ @ @
民家の明かりもほとんど消えた真夜中、教会の裏までやって来た俺をシンクは待っていた。
「来てくれたんだね……ありがとう」
教会の敷地から少し離れた場所に孤児院が建っていた。
孤児院は2階建で、猫屋敷よりも少し大きいくらいの古い建物だった。
「こんな夜更けに呼び出してどうしたんだよ」
「ごめんね。ツヅリ君にどうしても見せたいものがあって……」
「俺に……見せたいもの?」
「少し待っていて」
シンクはそう言って、俺から距離を取るように孤児院の庭の隅に立つ。
『私は全てが恐ろしく感じてしまう』
周囲の空気の流れが変わり始める。
それはこの世界に来て何度か味わった感覚――魔力の唸りだった。
『お伽話の怪物、近所の猛犬、陰口を叩く女の子たち、私を捨てた両親……毎晩毎晩、私の夢に出てきては私を虐める。私にとってはこの世の全てが恐怖そのもの』
シンクの足元にある草花が白くなって動かなくなる。
よく見ると、草花には霜が降りていた。
「これは…………恐怖の炎!?」
周囲の物体を瞬時に凍結させる告白魔法をシンクは使っていたのだった。
『もう怖い思いはしたくない。……だから、私は私の心を凍てつかせた』
俺が一歩シンクに近づこうと前に踏み込むと、俺の靴底に潰された雑草が硝子のように砕け散った。
「……ど、どうかな? 私も告白魔法……使えるんだ……」
詠唱を追えたシンクはいつものおどおどとした口調に戻って俺にそんなことを言う。
――彼女の左手には紫色の炎が宿っている。
「シンクが告白魔法を……」
俺は衝撃を受けたが、思い返してみれば、実技試験の時も告白魔法についてやたらと詳しそうな口振りだったため、すぐに納得がいった。
「今、見せたのは『凍結』の性質がある恐怖の炎。……ツヅリ君が前に使ったものと同じ魔法だよ」
シンクは何故か、表情を暗くしていた。
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