第22話 まるでアナタは恋に恋する乙女のように−EX

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第22話 まるでアナタは恋に恋する乙女のように−EX

 ツヅリ君が帰ってしまった。  私はたった一人、孤児院の近くにある公園で、三日月を眺めながら物思いにふける。 「はあ……なんだろう、この気持ち」  胸の奥からざわめきを感じる。  ツヅリ君と話す時に限ってはいつものことだ。 「もしかして、これが恋なのかな……」  ツヅリ君は私にとって、太陽のように眩しい人だった。  親にも嫌われるような私に手を差し伸べてくれた。  他人からの愛情に飢えていた私の心を満たしてくれた。  毎日、孤児院のボランティアで聖職者の端くれとして、貧しい人々や迷える人々に救いを与えることが私の仕事ではあるが、私を救ってくれる人は誰もいなかった。  ――けれども、ツヅリ君は違う。  あの人なら私を救ってくれるかもしれない。 「へへっ、こんなところにいやがったのか」  そんな、淡い希望を抱いていた私の背後で男の声が聞こえた。 「捕まえたっ!」 「むぐっ!?」  突然、口を手で塞がれた私はもの凄い力で後ろに倒される。 「よぉ、元気にしてたか? ……俺だよ」  私の口を塞いだ人物はアランだった。 「この前はよくも俺を裏切ってくれやがったよなあ!」  アランが空いている左手で私の腹を殴りつける。 「うぐうっっ!」  痛みに悶える私は悲鳴を上げるが、口を塞がれているせいで声は外に響かない。 「今度はちゃんと助けを呼ばれないようにしないといけないよな」  私は人の姿をした外道を睨み、口から彼の手を必死に引き剥がそうとする。  だが、傷だらけな私の細腕ではアランの腕力に勝つことは出来なかった。 「なあ、シンク、今日こそはヤらせてくれよ。お前、俺に惚れているんだろ?」 「んんっ!」  首を横に振って私は答える。  私がアランのことを好きになったことはない。  彼との出会いは一年程前のことだった。  チンピラに絡まれている私を彼は助けてくれた。  私に一目惚れをしたと言ってくれた彼に私は心を許したが、その時の彼は私に凶暴な本性を隠していた。  執拗に肉体関係を迫り、私を追いかけてくる彼が私は怖くなった。  アランは世間一般において「ストーカー」と呼ばれる人だった。  ザレンさんの話によると、アランはこれまでにもストーカー行為で暴力事件を起こしているらしく、私はそんな人物と交際があることを恥ずかしくて周囲に話したくはなかった。  それに、無限の愛を司る神アガペに仕える私は男性と肉体関係を結ぶと聖職者を辞めなくてはならなくなる。  アガペの愛は自分以外の全てに対して平等に分け与えられるもの。  だから、アガペに仕える聖職者は誰か一人のものになってはならず、元から身寄りのない私にとって聖職者の資格を失うことは孤児院から追い出され、生活のあてがなくなることにも繋がるのだった。 「ほら、俺のものになれよ。あんな男よりも俺の方が顔もかっこいいだろ?」  アランは私のスカートの中に左手を入れてくる。  彼の手が私の太腿に触れる度、私は悪寒を感じた。  優しくて誠実なツヅリ君なら、こんなことをしないはずだ。  間接的だが、ツヅリ君を馬鹿にされて、私は憤りを覚える。 「イヒヒッ! 魔法を使おうにも言葉が出なきゃ意味がないよなあ!」  しかし、口を封じられている私が魔法で反撃することは出来ない。 「さあ、お楽しみはこれからだぜ」  下卑た笑みを浮かべるアランが私の下着を脱がそうと手を伸ばした。  直後に私はアランの股間に蹴りを入れた。 「あふんっ!?」  アランが苦悶の表情で私の口から手を離し、地面を転げまわる。  咄嗟の行動とはいえ、上手くいってよかった。  さっきの蹴りは今まで他人に強く反発することのなかった私にとって、初めての暴行だった。 「な、何しやがるこのクソアマァァァッ!!!」  股間を手で抑えながらアランは激昂する。  アランが私に殴りかかろうとして、私の身体は震え上がる。 『なんで、皆は私を愛してくれないの?』  その瞬間、私は悲痛な声がで呟く。 「ひっ! 何だこれっ!」  そして、アランの悲鳴が聞こえてきた。  私に遅いかかろうとしたアランの足は黒い影に飲み込まれていた。  黒い影は私の足元に広がり、底なし沼のように周囲のものを飲み込んでいく。 「また発動してしまった……」  この現象は初めてではなかった。  過去にも何度か起こり――その度に影の沼に飲み込まれた人や物は二度と帰ってくることはなかった。 「畜生! 足が抜けねえ! どんどん沈んでいきやがる!」 「それは私の告白魔法『嫉妬』の炎。この影に囚われたものは誰も逃れられず、私の食糧になるんだ」 「食糧って……嘘だろ……」  アランが恐怖を顔に表して影から抜け出そうともがくが、動けば動く程に彼の身体は沈み込んでいく。 「シンク、助け――」  アランは私に助けを乞おうとするが、この影は一度発動してしまえば私にはどうもしようがなく、アランの身体は影に飲まれて消えてしまう。 「おいしくなぁい」  私はアランを『捕食』した感想を述べる。  彼はクズのような人間だが、私の養分にはなった。  これで飲み込んだ人間は合計で10人。  私を虐めてきた孤児院の女子が3人、門限を守らなかったからと私に鞭打ちをした孤児院の元オーナーのおばさんが1人、私のことを捨てたくせに働き手が必要だからと連れ戻しに来た生みの親が2人、そうして、アランを含む過去に私と交際していた男の人が4人。  いずれも酷い人ばかりで、食べても胸焼けがしそうなくらいに不味かった。  だが、私は罪悪感も抱いている。  死んで当然の人たちだったとはいえ、彼らを愛する人も世界のどこかにいるのだろう。  誰からも愛されない私と違って、彼らには死を悲しんでくれる人がいるのかもしれない。  私は修道服のポケットから非常に小さな短剣を取り出す。  その短剣の刃を、私は私の手首に押し当てた。 「ごめんなさい……ごめんなさい……」  呟きながら、私は右手首に10本目の傷をつけた。  これは私が殺した人のことを忘れないようにするためのものだ。 「ツヅリ君は……こんな私を見たら流石に嫌うかな?」  そう言いつつも、私の心のどこかでは彼ならば許してくれるのではないかと期待していた。  私の左手からは紫色の炎が灯り、夜闇に揺らめいている。
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