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第2話 まるでアナタは天から舞い降りた遣いのようにー1
「椎名さん! 俺……俺……ずっと椎名さんのことが……」
この俺、神矢綴は憧れの女の子である椎名さんに中学の頃から四年間募らせていた想いを吐き出そうとする。
夕暮れの教室に俺と椎名さんは二人きり。
椎名さんは困惑した様子を見せるが、俺の言葉の続きを待っていてくれていた。
この日のためにずっと考えて来た言葉もいざ本番となると頭が真っ白になって何一つ浮かんでこない。
「ずっと椎名さんのことが好きでした! 俺と付き合ってください!」
俺は両目を瞑ってやっとの思いで告白の言葉を捻り出す。
拙い告白だった。
必死に考えた台詞とは全く異なる紋切り型のような告白。
しかし、俺はようやく自分の想いを彼女に伝えることが出来た。
「…………そ、そうなんだ」
そんな椎名さんの言葉を聞いて、俺は恐る恐る目を開ける。
椎名さんは曖昧な感情を顔に浮かべていた。
これは、どういう意味なのだろうか?
俺は急速に不安がこみ上げて心臓が高鳴る。
「えっと、それで、返事なんだけど……」
「う~ん。今はちょっと。一週間後でもいいかな?」
「へっ? あ、ああ。もちろん、俺としては全然構わないが……」
「ありがとう。じゃあ、またね」
椎名さんはそう言って教室から出ていってしまった。
「一週間後かあ……」
すぐに返事をもらいたい俺としては生殺しのような一週間になりそうだ。
とはいえ、すぐに断られなかったということはOKしてくれる可能性も充分にあるということだ。
もし付き合えたら何をしようか。
恋人らしく休日にはデートをしたい。
遊園地や映画館などに行くのも良いが、家デートも捨てがたい。
もちろん、エッチなことをしたいという気持ちはある。
しかし、椎名さんとは健全なお付き合いをしていきたい。
エッチなことに関してはちゃんと大人になってからでも遅くはないはずだ。
俺には椎名さんしか見えていないから浮気なんてするつもりはない。
俺はそれくらい椎名さんのことが好きなのである。
椎名さんは優しくて素敵な人だ。
でも、彼女が優しいのは俺だけに対してではなく、みんなに対してだ。
心のどこかでは俺なんて振られても仕方のない人間だと考えている。
振られても好きでいられることは出来るだろうが、きっと死にたくなるかもしれない。
そうなったら人知れずどこかでひっそりと自殺しよう。
せめて椎名さんには迷惑が掛からないように死にたい。
「……いや、俺は何暗いことを考えているんだ。まだ振られると決まってはいない! 寧ろこれから一週間もあるんだから、椎名さんに良い返事を貰えるように自分をアピールしていくチャンスじゃないか!」
俺は無理矢理気持ちをポジティブな方向に変えて、自分も早く帰宅しようと教室から出ようとした。
「…………ッ!?」
だが、その時、俺の心臓がかつてない程に強く高鳴り、胸に激痛が走る。
息も上手く出来なくなり、金魚のように口をパクパクとさせるが、苦しさは増していくばかりで段々と意識もかすんでいく。
「――ッ――ァッ――」
声が出せない。
耳も聞こえない。
痛みも感じなくなってきた。
俺はもう死ぬのかもしれない。
我ながらなんと冷静なことだろうかと呆れてしまいそうになるが、死の瞬間に俺が考えたことはただ一つだった。
どうせ死ぬなら、告白の返事を聞いてからの方が良かったのに――。
@ @ @
「俺の名はツヅリ・ランダース。このグラス村でニンジン農家をしているランダース一家の長男だ。今日もせっせと畑仕事を手伝っている」
俺は気持ちの良い朝日を浴びながら鍬を振りかぶって畑の土を耕していた。
「ツヅリ……おめえ、さっきから誰もいない場所に向かって何をブツブツ言ってんだ」
俺の畑仕事を見ていた隣の家のおっさんが気味悪そうに言う。
「ふっ、これはイメージトレーニングだ。この村に勇者様とかがやって来たら案内をしてやらなければならないだろう? 俺はいつか来るその時に向けて毎日農作業の合間に練習をしているんだ!」
「ほー。じゃあ、試しにこのグラス村についてワシに案内をしてみろ」
挑発的なおっさんの言葉に俺は作業を止めて両腕を空に広げる。
「いいだろう! まずこのグラス村は何もないことが特徴だ!」
「何もないのか……」
「見渡す限りの畑! 畑! 畑! たまに養鶏場! 四方は山に囲まれて海も地平線も全く見えない! THE・虚無! THE・普通の村!」
「それは褒めているのか、けなしているのか」
「どちらとも言える! この村は普通で何もないことが魅力なんだ!」
「聞いて損した。まあ、どうせこんなへんぴな村に勇者様とか伝説の始まりなんて訪れるはずがないけどな」
「そう言っているおっさんは新聞を片手に何を油売っているんだよ。お前も自分の畑があるだろ」
「今は休憩時間だ。そして、政治の勉強の時間でもある」
「一生農民の俺たちに政治の勉強とか必要ないだろ」
「へっへっへっ、そんなことはないぜツヅリ。政治を知っていれば俺は村一番の有識者だ。字が読み書き出来るくらいのおめえとは格が違う。悔しかったらおめえも新聞読んでみるか?」
おっさんが目の前にちらつかせてくる。
俺は少し苛立ちを覚えながらも知的好奇心には勝てず、新聞の記事の一つを覗き見る。
「えっと、何々……『メルトリシア公爵家ご令嬢、またしても魔法新薬を発明。スライム毒の治療に光が差す!?』――」
大見出しの下に載せられた写真を見た俺は思わず言葉を詰まらせた。
「なんて綺麗な女の子なんだ……」
その写真に写っていたのは俺よりも一つ年下の少女だった。
煌びやかなドレスで着飾り、澄ました表情でこちらを見つめる少女の姿に俺は一瞬で目を奪われる。
心臓が高鳴った。
その高鳴りは今まで体験してこなかった感覚だ。
これが恋というものなのだろうか?
同年代の子供が一人もいないこの村で育った俺は恋というものをしたことがなかった。
恋は素敵な異性と出会った時に起こるのだと俺の両親は言っていた。
写真越しだが、俺はこの少女と出会って初めての恋をしたのかもしれない。
「……………………って、アレ? そう言えば、俺はどうして農民になっているんだ?」
しかし、その直後、俺は引っかかりを感じた。
俺は農民ではなく高校生だったはずだ。
いや、そもそも高校生とはなんだ?
俺の両親も農家ではなく会社員だったはずだ。
いや、そもそも会社員とはなんだ?
俺の名前はツヅリ・ランダースではなく神矢綴だったは――、
「うわああああああっ!」
違和感のピースが全て嵌まった俺は大空に向かって絶叫する。
「なっ、なんだなんだ!? 突然大声を出すんじゃねえよ!」
「お、おっさん! 俺が誰だか分かるか!?」
「はあ? おめえはおめえだろ、ツヅリ・ランダース。ニンジン農家ランダース家の長男で夢は勇者様に道案内をすることの平凡な17歳の少年といえば、おめえしかいないじゃねえか」
「違うんだ! 俺は神矢綴! 生まれは日本で育ちも日本! 17歳はあっているけど職業は高校生! アニメとゲームをこよなく愛する平凡なオタク男子だ!」
「おめえ……頭大丈夫か?」
おっさんが割と本気で心配するような口調で尋ねるが、俺は居ても立ってもいられずに自宅へ駆け込んだ。
「父さん! 母さん! 俺、ツヅリ・ランダースじゃなかった!」
俺が慌てた様子で家の玄関扉を開けてそう言うと、リビングにいた両親は驚きを表情に浮かべる。
この両親は「こっち」の俺を生み育ててくれた紛れもない本物の両親だ。
けれども、前世の記憶にある「あっち」の両親とは名前も姿も違う。
「俺……実は異世界から来た転生者だったんだ!」
最早自分でもどう説明したらいいのか分からない。
俺自身ですら、一瞬にして前世の17年分を全て思い出したせいで頭が混乱してしまっている。
「……そうか。ようやく、この時が来たのだな」
「どうやら本当のことを話さなくてはならなくなったわね」
だが、両親は何故か達観した様子で俺の言葉を受け入れていた。
「えっ、父さんも母さんも俺の頭がおかしくなったとか思わないのか?」
「何を言っている。いきなりそんな妄言を吐く奴がいたら息子であってもおかしな奴だと思って当然だ」
「私たちはこの時が来ることを知っていたのよ、エロース様の天啓によって」
両親の言葉に戸惑っていると、俺の背後に突然気配が現れる。
「ふう。間に合ったようで良かったわ。これ以上は話がこじれるかもしれないから、私が説明を引き継がせてもらうわね」
俺は背後を振り返る。
そこには天使のような翼を背中から生やした幼い金髪碧眼の女の子が立っていた。
「初めまして、神矢綴。私はラビィ。愛の神エロース様より遣わされたキューピットよ」
現れた女の子はラビィと名乗り、着ていた白いワンピースのすそを摘まんで俺に会釈をした。
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