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第5話 まるでアナタはすやすやと眠る子羊のように
「お待たせしました。無事に宿が取れました」
俺とラビィが公園で一時間程暇を潰していると、どこかへ行っていたルミナがそう言って戻って来た。
「ほ、本当に宿を取ってきてくれたのか?」
「ええ、少し説得に時間は掛かりましたが、タダで泊まれる宿ですのでお金についてはご安心ください」
ルミナは微笑みを浮かべて俺の手を掴む。
「あの……これは……」
「さあ、もう日も暮れてしまいますし、早く宿に行きましょう?」
ルミナに手を引かれて俺は流されるままに彼女の隣を歩かされる。
こんなに可愛い女の子と手を繋いで歩くなんて童貞の俺にとっては思わず声も出なくなるくらいの出来事なのである。
「そ、それにしても、タダで宿を取ってくれたって言っていたけど、そんなものがこの街にあるのか?」
どこの馬の骨とも分からない俺を泊めてくれるなんてそんな虫のいい話があるものだろうか?
もしかして、この女の子の家とかだったりするのだろうか?
「着きましたよ。ここがその宿です」
そう言われて連れてこられたのは俺たちがこの街で最初に訪れた例の18禁ホテルだった。
「これは逆ナンですか!?」
敬語を使う程委縮した俺に対してルミナが首を傾げる。
これだけの美少女が俺なんかに声を掛けてくれるなんて何か裏があるに違いないと思ってはいた。
まさか、こんなに清楚な見た目のルミナが童貞狩りをするような子だったなんて……。
「この宿は私の母が経営しているんです。母に頼んだら好きなだけ泊まってもいいと言ってもらえました」
「あっ、そ、そうですか。……なんか、早とちりしてスミマセン」
桃色の展開をちょっとだけ期待していた俺はもっともらしい理由を聞いて少し残念に感じた。
「でも、見知らぬ男をいきなり泊めてくれだなんてお母さんはよく了承してくれたな」
「私の母はその辺り寛容なんですよね。あの人も男癖は良い人ではないですから」
なるほど、納得。
確かにあの女将さんは18禁ホテルに相応しい色気の人だった。
ルミナは魔族ではなさそうだし、顔も似ている訳ではないが、あの母あってこの子ありというか、彼女も服の上からでも分かるくらいに立派なものを胸部に二つ持っている。
おかげでルミナの隣を歩いている間、俺は彼女の胸をガン見してしまわないように必死だった。
「それに、小さな女の子も一緒で、その子が疲れ切っているという事情を話したら、母はすんなりと了承してくれました」
ルミナの一言に、俺の三歩後ろで姿を消してついて来ていたはずのラビィが息を飲む。
「この周辺は人目も少ないですから、もう出てきても大丈夫ですよ」
ルミナにそう呼びかけられて、ラビィは姿を現す瞬間を見られないように近くの木箱の裏で透明化を解いて俺たちの前に登場する。
「いつから気づいていたの?」
「冒険者ギルドで会った時からずっとです。たまにどこからか声が聞こえたり、ツヅリ先輩が誰かとお話をしているように見えたりしたものですから」
「そ、それだけ? 侮れない観察力ね」
口元を引きつらせるラビィにルミナは無言で微笑む。
「ツヅリ『先輩』? やっぱり俺たち、どこかで会ったことがあるのか?」
俺は先ほどからルミナについて思い出そうとしており、今の呼び方で答えが喉元まで出そうな気がしていた。
「あっ、ようやく思い出してくれましたか?」
「あ、ああっ! そうだ思い出した! お前、新聞の記事に載っていた魔法新薬を開発したとかいう女の子に顔と名前がそっくりだ!」
俺の脳裏に田舎のおっさんが見せてくれた新聞の写真がフラッシュバックした。
どうしてかは分からないが、俺はあの写真を見た直後に前世の記憶を取り戻したのだ。
「…………そういうことではないんです」
しかし、ルミナは残念そうな表情で俺の回答を否定した。
「す、すまん。他人の空似か。そうだよな。確か記事の子は公爵家のご令嬢って話だったし、流石に違うよな」
「そういうことではなくて…………いえ、大丈夫ですから。例え、思い出してもらえなくても私はアナタのことを……」
俯いて何かを呟いたルミナだったが、彼女は再び顔を上げると元の明るい表情に戻っていた。
俺は彼女の台詞の意味を怪訝に思うのだった。
@ @ @
「ふう~、さっぱりしたわ! 久々にシャワー付きのお風呂に入れたもの!」
夜になり、風呂から上がったラビィが宿のロビーにやって来る。
「まあ、こっちの世界では日本と違ってシャワーの文化があまり発達していないみたいだから風呂と言えば大体ドラム缶だったりするしな」
俺はロビーのソファに腰掛けてアンコールのガイドブックを読み漁っていた。
「アンタ、そんなものを読んで何してるのよ」
「勉強だよ。俺たちこの街のことを知らなさすぎるだろ」
「ふーん。勉強熱心なことね。大しておつむも良くないくせに」
「一言余計だ」
寧ろ、俺はなんでコイツがここまで呑気なのか疑問で仕方がない。
従者のはずなのにここまでの日々でラビィが役に立ったことがまるでなかった。
俺を転生させたという神様には悪いが、取り敢えずコイツをもう少しまともで可愛げのある従者と交換して欲しい。
「お二人共、夕食が出来ましたよ」
その時、ルミナが人数分の皿が載ったトレイを持ってキッチンから出てくる。
ルミナが机に置いた皿の中身はカレーライスであり、香ばしい匂いを放っている。
「おおっ、これはうまそう……」
「ルミナって料理が上手なのね」
前世の頃には食べ慣れた料理であるカレーライスだが、こっちの世界に転生してからは一度もなかった。
「昔の記憶を頼りに作ってみたんです。ラビィちゃんはともかく、ツヅリ先輩は気に入るかと思って」
ルミナの台詞はやはり何か引っかかるものの、俺は両手を合わせて早速カレーライスを口に運び、その美味しさに感動した。
「うまあああいっ!」
「うふふ。お口に合ったようで何よりです」
そのカレーライスは俺が今まで食べたどのカレーライスよりも美味だった。
俺は手が止まらなくなり、中毒にでもなってしまっているかのようにガツガツと食べ続ける。
隣を見ると、ラビィも似たような反応をしており、食べ終わった後も犬のように皿を舐めめていた。
ラビィは神聖な存在のはずだが、こうして見ていると威厳などは欠片も感じられない。
「いや~、喰った喰った。こんなに美味しい料理を作れるなんて、ルミナは将来いいお嫁さんになるだろうな」
「そ、そんな……突然言われると恥ずかしいです」
ルミナは褒められたことが余程嬉しかったのか顔を真っ赤にしてモジモジとしていた。
「おかわり! おかわりを頂戴!」
ラビィが皿をルミナに突きつけてカレーライスのおかわりを要求する。
「でしたら、私の分を差し上げますよ」
「やったあ!」
ラビィはルミナのカレーライスを受け取り再び夢中になって食べ始める。
「ところで、ツヅリ先輩はお金を持っていないんですか?」
ルミナは改まった様子でそんなことを尋ねてくる。
「えっ? まあ、そうだな。アンコールパスとやらを発行してもらうまでは有り金なしだろうな」
「それなら、私から一つ提案があるのですが……」
ルミナがパンフレットのようなものを机の上に置く。
「ん? なんだコレは……。『アンコール魔法学院編入試験実施のお知らせ』?」
俺はパンフレットのタイトルを読み上げ、疑問符を頭に浮かべる。
「アンコール魔法学院は魔法都市に住む魔法使いの卵が通う学校です。数多くの貴族がこの学校に出資をしていて、今なら学校の生徒になるだけでアンコールパスを審査なしで手に入れられるんですよ」
「本当か!? そこは俺たちみたいなよそ者でも入学出来るところなのか!?」
唐突に差した光明に俺は思わず聞き返す。
「ええ。もちろん編入というからには試験があるのですが、ある程度の識字能力や計算能力があれば問題のない筆記試験と魔法を使った模擬戦闘での実技試験をクリアすれば出自に関わらず生徒になれますよ」
「良し! 俺は受けるぞ! それくらいなら俺にも出来る!」
小難しい魔法の専門知識などが問われるのならば諦めていたかもしれないが、識字に関してはこっちの世界の言葉や文字は転生してからの17年間でバッチリ習得している。
計算も転生前は現役高校生だった俺なら、そこそこは出来るだろう。
魔法については言わずもがな、俺がこっちの世界で手に入れたチート能力の告白魔法でどんなバトルもきっと余裕だ。
「おい、ラビィ。俺、編入試験を受けてみようと思うんだが、お前はどう思う?」
俺は一応従者であるラビィに尋ねてみる。
「ZZZ……ZZZ……ZZZZ……」
だが、ラビィの奴は机に突っ伏して豪快な寝息を立てながら眠っていた。
「お前、こういう時に寝るってどうなんだよ」
俺は呑気なラビィに呆れるが、自らも強烈な睡魔を感じ始める。
「む? 疲れていたのか? 俺もなんだか眠くなって……」
瞼が重い。
こんなところで眠りこけてしまってはルミナに悪いが、睡魔には勝てそうになかった。
「おやすみなさい、ツヅリ先輩」
そう言ったルミナの姿は意識がぼやけて見えなくなっていった。
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