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第6話 まるでアナタは手を差し伸べる救世主のように
「……むぐぅ」
小鳥のさえずる声を聞いて、俺は目を覚ます。
瞼を開くと、俺の視界には宿の天井が映った。
照明が点いていないことから察するに現在の時刻は朝だろう。
「俺、いつの間に寝てたんだ?」
俺はどうやらベッドに横たわって寝ていたらしい。
しかし、何故か俺は素っ裸であり、纏っているものは掛布団だけだった。
そして、俺の隣には同じく一糸纏わぬ姿のルミナが横になっており、俺と目が合った彼女はニコリと笑顔を浮かべる。
「ゆうべはお楽しみでしたね♡」
「うわああああああっ!」
思わず飛び起きた俺は自分の身に起きたことを理解して絶叫する。
昨晩の食後から記憶が途切れているが、よく考えたら俺が泊ったのは18禁ホテル。
利用した経験が全くなかったからよく分からないが、若い男女が一つ屋根の下で寝泊まったのならば、事故が起こるのは必然なのかもしれない。
ふと、俺は部屋の床に転がっている何かに目が留まる。
それは、全裸の状態にシーツを掛けられて俯せで眠っているアホ面のラビィだった。
「3Pだったああああああっ!」
ルミナだけでなくラビィにも手を出したとなると流石にまずい。
最悪、警察に通報されて第二の人生を牢屋で過ごすことになるかもしれない。
「ううん? なんなのよ、うるさいわねえ……って、きゃあああああっ! 私なんで裸なのおおおおっ!?」
俺の絶叫で目を覚まして起き上がったラビィが悲鳴を上げる。
「ここここれは違うんだ!」
「嘘吐け! 絶対アンタの仕業でしょ! 私の寝込みを襲っていかがわしいことをしていたわね!」
残念ながら俺の言い訳はすぐさま看破された。
「いいえ、何を言っているのですか? ツヅリ先輩はラビィちゃんに対してはいかがわしいことなどしていませんよ」
そんな時、ルミナが俺とラビィの間に割り込んでそう言った。
「ラビィに『は』って、じゃあ、俺、やっぱりルミナとはそういうことをしたのか?」
俺の問いかけにルミナは無言で微笑む。
「……ま、まじですか」
「別に怒ってはいませんよ。こうなってしまったのはもう仕方がありません。今回のことは一晩の過ちということで水に流しても構いませんよ」
ルミナはそう言うと、聖女のような微笑みを小悪魔っぽい笑顔に変えて、
「――ただし、私の初めてを奪った責任は取ってくださいね。具体的には私をアナタのお嫁さんにしてください☆ レッツ、マリッジ★」
俺はとんでもないことをヤッてしまった。
記憶がないとはいえ、出会ったばかりの少女を襲ったからには男としてちゃんと責任は取らなければいけない。
寧ろ、こんなに可愛くて料理も上手い女の子と結婚出来るのであれば儲けものではないだろうか?
……だが、そうなってしまえば、俺は椎名さんを裏切ることになる。
「待ちなさい。それは聞き捨てならないわ」
ラビィがシーツに包まりながら突然真剣な表情で言う。
「……どうしたんですか、ラビィちゃん?」
「どうしたもこうしたもないわよ。愛の神の遣いであるこの私の前でよくもそんな嘘が吐けたわね」
ラビィの言葉にルミナは若干眉をひそめる。
「おい、ラビィ、お前一体どうしたんだ?」
「ツヅリ、アンタまで簡単に騙されているんじゃないわよ。この子、アンタと寝てなんかいないわ。……だって、まだ処女だもの!」
ラビィが右手でびしっとルミナを指差し、俺はルミナに視線を向ける。
「えっ!? そうなのかルミナ!?」
「…………もう少しでツヅリ先輩が私のものになってくれたのに」
ルミナはムッとした表情になってラビィを睨む。
「まさかラビィにそんな能力があったとは……」
「馬鹿にしないでくれる? ツヅリはまだ童貞だし、どういう目的か知らないけど、既成事実を作ろうとする目論みはこれで無駄になったわね。さあ、ルミナ、アンタの目的を話なさい。どうせ、美人局とかだろうと思うけど」
「酷いですね。私はただツヅリ先輩を――いえ、アナタたちをマッサージしてあげていただけですよ」
「「マッサージ?」」
俺とラビィは怪訝な表情でルミナに聞き返す。
「はい。お二人は昨日、食後にすぐ眠ってしまう程にお疲れだったので、一晩掛けてお二人の疲労を回復させるマッサージをしていたんです」
「む。そう言えば確かに、なんだか今日は身体が軽いような気がする」
俺は連日歩き続けたせいでクタクタになっていた身体のあちこちがほぐされていることに気づく。
「い、言われてみれば、私も昨日までの疲れが全く感じなくなっているわ。マッサージをしてくれたというのは事実みたいね」
「うふふ。信じてくれましたか? では、私は今日の朝食の支度をして参りますので、どうぞしばらくごゆっくりしていてください」
ルミナは俺に対してニコニコとした顔を向けてそう言い、ベッドから降り立つ。
朝日に照らされるルミナの瑞々しい背中を見てしまった俺は反射的に目を背ける。
「わっ! ちょっとアンタ! なんで私のシーツを奪い取ろうとするのよ!」
「奪ったりはしませんよ。少し肌寒いので中に入れて欲しいだけです。それにいくらラビィちゃんのような幼い子供でも、ツヅリ先輩と同じ部屋で寝かせる訳にはいかないので、私と一緒に部屋を出ましょう。お部屋に案内して服も着替えさせていただきますから安心してください」
「えっ……そ、そうね。私もこんな童貞と同じ部屋にいたら何されるか分からないし、その方が助かるわ」
相変わらずラビィの俺に対する言い草は酷い。
しかし、健全な男子としては今の会話はとても想像力が掻き立てられるものであり、こっそりと視線だけをルミナたちに向ける。
ルミナたちは一つのシーツに包まり、ラビィはルミナに抱き上げられていた。
「ちょっとツヅリ、何見てんのよ。見世物じゃないわよ」
俺の視線に気づいたラビィが頬を膨らませて言う。
「ラビィ、言っておくが俺はお前なんかの裸には興味なんてないからな」
「ということはつまり、私の方に興味があったということですか?」
ルミナが嬉々とした表情で俺に尋ねる。
「そ、それは……」
悔しいことに図星を差されて俺は言葉を濁す。
俺はばつが悪くなり、視線をルミナたちから逸らす。
「ひっ」
背後からラビィの怯えるような声が一瞬だけ聞こえた。
もしかしたら、俺の下心に憤慨しているのかもしれない。
「……それはそうと、ツヅリ先輩、今日は早めに出発した方がいいと思いますよ。何故なら、昨晩話した編入試験ですが、その試験日は今日なのですから」
「ええっ!?」
俺はルミナの言った衝撃の事実に思わず振り返る。
ルミナは怒った様子もなく、何故か微笑みを浮かべて頷いた。
@ @ @
「ねえ、ツヅリ、アンタは本気で受験する気?」
アンコール魔法学院へとやって来た俺とラビィ。
編入試験は学院の敷地の一部を使って行われるらしいが、アンコール魔法学院の敷地は俺が想像していたよりもずっと広大で豪華だった。
「やるしかないだろ。俺たちには安定した衣食住のある暮らしが必要なんだ。住は猫屋敷があるから当面は大丈夫だろうが、残りの二つは今の俺たちではどうにもならない」
食事はルミナが用意してくれるが、朝昼晩の三食を彼女に頼り切るのは申し訳ない。
衣服に関しては手持ちが少ない分、なるべく早めに買い足しておきたい。
その他、間食や娯楽についてもお金を使うことにはなりそうなので、霊子マネーカードの獲得は何よりも最優先の事項なのである。
「正直、私はあのルミナって子のところに居続けること自体がなんだか不安なのよね」
「ルミナはいい子だろ。俺たちに寝床を提供して、食事を作ってくれて、その上、マッサージまでしてくれたんだぞ。あんなに親切な女の子の何が不満なんだ?」
「いや、そこよ。そこなのよ。アンタはおかしいと思わない訳? 普通の女の子が見ず知らずの人にここまでしてくれるなんてありえないわ。確実に裏があると思うのよ」
「考え過ぎだろ。俺が予言の大魔法使いなら、異世界転生のお約束らしく、ハーレムが自動的に出来ていくとかそういう感じなんじゃないか?」
「はあ……オタクの妄想を世界の常識みたいに言うのは止めてくれるかしら。まだ何もしていないのにハーレムが出来るって発想が浮かれキモオタ脳みそなのよ」
「ハーレム願望をオタク限定みたいに言うな。男は誰でもハーレム願望持っている生き物なんだよ」
「そうやって自分の意見を男の総意のように言うのはキモいわ。大体、女は一目惚れでホイホイと男についていくような生き物じゃないからね」
「はいはい、そうだな。その通りだな」
これ以上は話が長くなりそうだと感じた俺は、ラビィとの会話を適当に切り上げて一次試験の会場となる校舎の中に足を踏み入れた。
アンコール魔法学院の編入試験は大きく2段階に分かれており、一次試験は筆記によるペーパーテストと戦闘を主とする実技テストがある。
一次試験は本日に行われ、ニ次試験は一次試験の筆記と実技の両方を合格していた者だけが受けられるらしい。
俺の告白魔法が実技でどこまで通用するかという点は未知数だが、出来ればゴブリン程度の相手であって欲しいと願っている。
「……っ……ぁ……」
俺が校舎の廊下を歩いていると目の前に黒い修道服を着た銀髪の少女がオドオドとした様子で現れた。
「何しているんだ、あの子」
修道服の少女は明らかに挙動不審な様子だった。
少女は身体が痩せぎすに思えるくらい華奢で耳が犬のようにモフモフとしており、お尻からは髪や耳と同じ銀色のしっぽも生えていた。
しっぽは修道服のスカートに開いている穴から飛び出しているようであり、造り物ではなさそうである。
アレが噂に聞く獣人なのだろうか?
「なあ……えっと、そこのお嬢さん、どうかしたのか?」
俺は恐る恐る少女に声を掛ける。
すると、少女は俺の声に驚いたのかビクリと身体を震わせる。
「……ひ……ぁ……」
少女は口をパクパクさせて何か言葉を発した。
しかし、声が小さすぎて何を言っているのか聞き取れない。
「すまん。驚かせて悪かった。俺はツヅリ・ランダース。今日は編入試験を受けに来たんだ」
「……ぉ……ゃ……ぃ……」
少女は警戒した様子で俺から逃げようとしていた。
俺は咄嗟に少女の右手首を掴む。
「待ってくれ! 俺はただ、お前が何か困っているんじゃないかと思って声を掛けただけなんだ!」
「……ひぇ?」
少女がキョトンとした表情で俺の言葉に反応する。
彼女は俺の言葉を信じてくれたのか逃げるのを止めて俺と目を合わせてくれた。
「……わ、私……ごめんなさい……逃げようと……して……」
少女は一度深呼吸をしてからやっと聞き取れる声で話してくれた。
「……声……小さくて……ごめんなさい……意識していないと……いつも小さくなってしまうの……お腹から声を出せって……もっと早く話せって……みんな私に言うの……」
「うん。まあ、声の大きさについては俺としてもそうしてくれるとありがたいが、話すペースはお前次第で良いと思うぞ」
「……あり、がとう……そんな風に言ってくれた人……あなたが初めて……私は……シンク・アミューズ……よろしくね……」
シンクと名乗った少女が少しだけ嬉しそうな表情をした。
シンクの顔はどこか幸薄そうで笑みを浮かべてもそれが微妙に分かりづらかったが、悪そうな子ではないようだ。
「ああ、よろしくな、シンク。……ところで、お前はここで何をしていたんだ?」
「……えっと……私も……編入試験を受けたくて……だけど……受験票を失くしちゃって……」
「そういうことか。だったら、まだ試験開始までは時間もあるし、受付まで行って再発行の手続きをしてもらおう。迷惑じゃないなら俺が一緒に受付の人との話に付き合うからさ」
「……い、いいの?」
シンクは豆鉄砲を喰らった鳩のような表情で俺に尋ねる。
「いいってことよ。丁度俺もさっき受付で受験票を発行してもらったばかりだから、今からでもきっと間に合うはずだ」
「……ありがとう……あなたは凄く……いい人……」
シンクに澄んだ瞳で見つめられながらお礼を言われた俺は照れ臭く感じる。
女の子から素直に感謝を伝えられるというのはとても気持ちがいい。
だが、ふと俺は掴んでいたシンクの手首を見て、一つ疑問を頭に浮かべる。
シンクの右手首には修道服の袖の隙間から赤い線のような痕が何本もうっすらと伸びていた。
「これは……」
俺が問おうとした瞬間、シンクは俺の手を振り払って手首を隠す。
「……な、なんでも……ないから……行こう?」
慌てた様子のシンクに急かされて俺は彼女と共に受付へと向かうのだった。
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