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これは地球という名の惑星。私の知らなかった青く光る神秘的な世界。
ご存じでしょうか、私の故郷は地球のように寒い星ではないということを。
地球の平均気温が十五度だとすると、私の故郷での平均気温は一万度。そのためこのような緑や青を自然の中に見たことは一度もなかった。
宇宙船の窓から見える地球の景色は素晴らしいと以外、言いようのないもの。時々、泳ぎ、遊んでいる私の長い髪が邪魔をしてくるのもどうでもいいぐらいに。そう、大きな窓に向かってぎらぎらと主張してくる一人分映る私の服さえも大して気にならないほどに。
地球、いつの間にか私の目をまるで恒星のように輝かせる、それも子供のように。それがこの星。
もうすぐ終わる、大勢の仲間と過ごした長旅が。地球との交流を楽しみに待っている、別々の部屋にいる沢山の仲間たち。
地球へ飛び込む予定の私の目には、地球人の恋人が映っているようだった。実際に目の前にいるわけではないが、愛おしい彼のことを、常に忘れられなかった。
我々の星から地球までは、片道光速で十年かかる。現代は寿命が延びて地球人も、十年後の見た目は大して変わらなくなったが、我々も地球人も共に時間の感覚は変化していない。私には成人した私たちのお祝いさえできなかったので、無事に彼に会えるという安心感はかなり私をはしゃがせた。
どんどん地球に近づいていく、目の前の扇形をした、私の身長二倍ほどある窓。木というものが下から見上げれるほどまで来ると、仲間と私の部屋が切り離された。黄色い光を出しながらゆっくりと。やがて仲間の部屋と共に空気中を流される。次第に仲間は見当たらなくなり、一人、彼の家の近くの花畑に降ろされた。
もう、地球の空気は寒くて耐え難い。けれど、それ以上に早く彼に会いたかった。そして、仕方のないことで、花畑のように心の中は彼で満たされるよう。
風の吹く草原の花畑に、本当は彼を抱きしめた勢いで、二人一緒に転がりたいほどの気持ちだった…………けれども、そんなことなんて、出来ない…………。どうしても好きだから…………苦しい時だってある。素直になることに躊躇してしまう。こんな気持ちに心が振り回されるのは、いろいろな感情が混ざり合ってどうしてか分からなくなるほどしんどい。そう、ただ、
「どうぞ」
と言って白い部屋に、家から出てきた彼を迎えることしか出来なかった。自分の情けなさには切望しか感じられない。
「ありがとう」
こちらにやってくるその声が、聴けるだけで愛おしい気持ちが心から離れてくれない。
開けた窓から冷気がやってくる。私はカプセル型のベッドの中にある薄い透明の毛布を頭からかぶりながら、この寒気をどうにかしようとした。それでも、ぬくもりはほんの少しも感じられない。
真っ暗な宇宙空間を十年ほど漂っていたので、地球にいると光というものを強く受け取る。
太陽の光を反射して、窓から見える赤や青やピンクや黄色や、緑や紫の、虹色で満ちている植物たちが輝いている。
私の前には背を向けた彼と壁にかけたパズル。パズルの世界にある虹色の星々に加えて、光る太陽を反射して、目の前に飾ったそれがいっそう美しくなる。ライトは入れていないのに本物のであるかのように光る星々に、両目が吸い込まれそうであった。あの世界へ彼と共に飛び込められたらどんなに素晴らしいものだろう。そんな事を考えていると、パズルを前にして、彼がその口から言葉を発し始める。
「最近きれいになった? 肌、きれいになったね」
彼の後ろ姿までもが眩しい。まるで彼の周りに映る星々が彼のオーラであるかのように。全く、意味が分からない。
「ええ、最近のりを塗ったので」
そんな言葉しか掛けられない冷え切った私。振り返る彼の笑みに、ちょうど上から太陽の光が差し込む。
「違うよ、君のことだよ」
少しばかり止まらなくなってしまった彼のくすりと笑う声が、私を戸惑いの渦に巻き込んだ。ずっとそのまま動くことが出来ないほどのひどい緊張がやってきて、心を強く打つその言葉が流れ込む。激しく私を揺さぶる心臓。暖炉にでも当たっているかのようにだんだんと、ひどく冷たかった全身が温まるのを感じた。心の中にはなぜだか、虹色に光って見えた彼の顔にかかった太陽のぬくもりがやってくるようで、不思議な感覚が私を日向ぼっこの石の上へ運んでくる。
風も吹かないほどに時は止まり、目の前の彼を一層、真夏の昼間に光る星々と太陽は輝かせている。窓からやってくる風が時を動かそうとも、何も言わずに時の流れに彼は逆らい、その目は私の目を見つめてくる。彼と私以外の何もかもがこの世界から消えてしまったような、そして暖炉の前にある雪だるまにでも二人してなったかように。そんな全てが溶けてしまいそうな気配を私は感じた。なにより、彼の目には世界がどう映っているのか、そればかり、気になって仕方がなかった。
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