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「さ、風呂に入るぞ、イチ。父さんと一緒にな」
一郎はその言葉を聞いて慌てて公子の背に隠れたがあれよあれよと服を脱がされ、裸一貫にされた。
「何だ? どうした?」嫌がる一郎を見て哲郎は肩を掴み、顔を近づけて聞いた。その形相にはやや影が落ちていた。
哲郎は一郎と風呂へ入る際、湯舟から桶ですくい取ったお湯を頭に流す時にみせる、一郎の必死になって息を止める顔を見るのが好きだった。そして愛くるしさ相まって、息が切れるまで水を流しつづけてしまう癖があった。
一郎にとってそれは川で溺れる感覚と似ており、恐怖心を煽る行為であった。故に父親と風呂に入る事を拒んでいたのだった。
「父親と、お前は父親と風呂に入れないのか!」
ついに哲郎は一郎をつかみ上げ、玄関まで連れ出した。
「私がお風呂に入れますから」慌てた公子が呼び止めたが、それは哲郎の父親としての脆い器に触れてしまう言葉だった。
「おまえが甘やかすからこんな軟弱者に育ったんだ!」
「まだ四つです! 子供が軟弱で何がいけないのですか!?」
「口答えするのか!? 男のくせして父親に一言も話せずにずっとお前の足に引っ付いて! ろくな奴に育たんぞ! もっと厳しくしろ!」
泣きべそをかき始めた一郎を見た哲郎は玄関の外へ追いやると戸を締め切り、内鍵を掛けてしまった。
既に夕日も沈み、月がぼんやりと顔を出す頃だった。
「あけて! あけて! ごめんなさい! あけて!」
握り拳を戸の窓に叩きつけ、許しを求めて叫んだ一郎だったが、戸の奥からは夫婦喧嘩の声が聞こえるだけで、一郎の声はかき消されていた。いつしか叫び疲れて、一郎は膝を抱えてしくしくと泣き始めた。
裸のまま放り出され、肌に夜の冷たさを感じ取った。自然と地面に横になり、体を丸めた一郎は鍵が開くのを信じて待った。
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